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ぼくの秘密

『秘密を共有する会』に出会ったのは、たまたま見つけたインターネット掲示板の書き込みだった。匿名で集まって、誰にも言えない秘密を話して共有する会。最初に参加したのはちょっとした好奇心だった。しかし秘密を話す開放感やそれを許容してくれる安心感に居心地の良さを感じた僕は、以来開催されるたびに都合をつけて参加するようになった。

僕はそこで様々な人の持つ様々な秘密と出会った。不倫や浮気をしている人が一番多かった。歪んだ性癖や道ならぬ恋愛感情、同性愛や性自認などジェンダーに関するカムアウト。過去に犯した万引きや窃盗などのちょっとした犯罪、現在進行形で会社の金を横領しているという人もいた。たとえその秘密が法律や倫理に触れるものであっても糾弾せずに傾聴するというのがこの会のルールだった。

毎回だいたい5人から10人くらいが集まることが多かったが、先月の会は僕と吉田さんの2人だけだった。主催者からは開催を見送りますかと打診のメールがあったが、せっかくだからと2人でもやらせてもらうことにした。そこで吉田さんが明かしてくれたのが、「人を殺したことがある」という秘密だった。

吉田さんは、どこにでもいそうな、絶妙に印象に残らない地味な見た目をしていた。美人でもブサイクでもなく、痩せても太ってもいない、背が高くも低くもない、吉田というありふれた名前(もっともそれはこの場だけで使われる仮名なのだが)の通りの人だった。何度か会で顔を合わせていたはずだが、以前どんな秘密を話してくれたのかも覚えていなかった。とても人を殺すだなんて大それたことをやるような人には見えなかった。僕はとても驚いた。

それは吉田さんが中学生の頃だったらしい。吉田さんはクラスメイトからいじめを受けていた。台風で学校が午前中だけで終わった日の帰り道、吉田さんは帰り道でいじめの主犯格だった女に捕まって恐喝を受けていた。吉田さんはいつか反撃をしてやるのだと決めていたらしい。カバンからカッターを取り出すと、相手に向けて振り回した。飛び退ってカッターを避けた女は、足を滑らせて増水した川に落ちた。女はそのまま水に飲まれ流され、翌朝になって遺体で見つかったらしい。それは不幸な事故として処理され、吉田さんは何も疑われなかったそうだ。

吉田さんが本当に打ち明けたかった秘密はその先だった。吉田さんは結果的に女を殺してしまったことに対して、罪悪感や後悔は微塵もなく、心の底から喜んでいるのだと言う。あんなやつは死んで当然だ。出来ることならもっと残酷な手段で殺してやればよかった。今でもあいつが水に沈んで必死にこっちを見ている顔を思い出すと笑えてくる。そんなことを思っている酷い女なのです、そう言って吉田さんはすっきりした顔で笑った。それはここでは何度も見てきた、人間が誰にも言えなかった大きな秘密を話し終えた時にだけ現れる表情だ。僕は吉田さんの勇気に拍手を送った。

言葉を選びながら秘密を話す吉田さんを見守りながら、僕はギンギンに勃起していた。いつしか僕は、人の秘密を聞くことで性的な興奮を得るようになっていた。人の秘密を知ることは人の秘部を覗き見ることと同義なのだ。地味な女が人知れずずっと抱えていた特大の秘密に、僕は爆発しそうになるくらい興奮していた。これが僕の、まだ誰にも言えずにいる秘密だ。

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