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船をゆく人おりる人

演劇をやって、お笑いをやって、そしてまた演劇に戻ってきた人間である。およそ20年。思えばたくさんの仲間たちが去っていったなぁと思う。

なかなかそれ1本で食っていくのは難しい世界だ。夜勤のバイトをして3時間寝て昼からまる1日稽古をして、みんなで飲みに行って終電で帰る。そんな無茶が出来たのは若さの特権だ。もっと堅実に、きちんと就職してアフターファイブと土日祝日を演劇活動に充てる人もいた。でもそれだって、歳を重ねて任される仕事の重みが増してくるにつれて両立していくのは難しくなっていく。

お笑いだって大変だ。バイトの合間を縫ってネタ合わせをして新ネタを作って、とにかく場数を踏むことが必要だとライブに出まくる。何時間もかけて作った新ネタがキンキンに滑ったりすると、自分の存在全てを否定されたような気持ちになる。それでも頑張って踏ん張ってネタを仕上げて、でも賞レースで結果が出なければ売れる芽がない。少し結果が出た辺りが一番しんどいとも聞いたことがある。オーディションは増え、たまにテレビの仕事もあってライブにもたくさん呼ばれるようになるけれど、それで食えるほどの収入にはならなかったりする。バイトに入れる時間も減る。そんな中でも賞レースでは前年以上の結果を求められるし、ネタじゃない引き出しも増やさなきゃいけない。それなのに2回戦や3回戦で落ちてしまえば、心が折れてしまう気持ちも分かろうというものだ。

ライフステージの変化もある。結婚するとか子どもを産むとか、そういうことを考えるとやはりタイムリミットがある。結婚したって子どもがいたって続けられないこともないし続けている人だってたくさんいるが、現実的に考えればやっぱりなかなか難しい。演劇を辞めお笑いを辞めた仲間たちの多くは、今や立派なお父さんお母さんになっている。ライフステージの変化は結婚や出産だけじゃない。両親が病気をして面倒を見ることになった、家業を継ぐことになった、元々30までやって結果が出なかったらきちんと就職するという約束だった……それだって立派な理由だ。

たくさんの仲間たちが船を降りて行く中、僕は未だふらふらと海の上にいる。あっちの船に乗ったり、こっちの船に乗り換えたり、時には小さなボートに乗ったりしながら、それでも海の上にしがみついている。新大陸を目指すでもなく、ひとつなぎの秘宝を探すでもなく、波を感じたいから、潮風が好きだから、僕が海にいるのはそんな理由だ。いや、そんな理由さえ建前なのかもしれない。海の上以外の生き方を知らないから、今さら陸に上がるのが怖いから、海にさえいれば自分を必要としてくれる船があるから……それが本音なのかもしれない。海の上以上に生きがいを感じられる場所なんてあるはずがない、船を降りるだなんてとんでもない!お前はバカだ!才能をムダにするのか!昔は心からそう思っていたけれど、最近はそうとも言えなくなってきた。

おーい!陸の上はどんな心地だい?元気にやってるかい?お前と乗った船は楽しかったっけなぁ。今でも海の上から見たあの景色を懐かしく思い出すことはあるかい?俺はあるぜ!いつでも戻ってきてくれたっていいんだからな?……なんてな、冗談だよ。お前がそっちでよろしくやってるのは重々承知さ。俺はまだしばらくこっちにいるからさ、気が向いたら港まで会いに来てくれよな!あの頃とちっとも変わらない真っ黒に日焼けした顔でさ、笑って肩を叩いてやるからさ!おっと、もう出港の時間だ。俺は船に乗らなくちゃならない。また港に帰ってきた時には一緒に酒でも飲んでくれよ。俺はお前のことをいつまでも仲間だと思っているからな!お互い頑張ろう!じゃあな!陸のみんなにもよろしく伝えてくれよな。

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