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ヒヤマ108キロ

ヒヤマと知り合ったのは俺が34歳の時だった。知り合った時からヒヤマはまるまると太っていて、周りの人間からは、「昔はこんなんじゃなかったんだよ」なんて言っていじられては、「そうなんだよ」と言って笑っていた。

俺が昔のヒヤマの写真を見つけたのはインターネットだった。何かでヒヤマの話題が出た日の帰り道の電車で、何となくヒヤマの名前を検索したら出てきたのが、古いブログに載っていたその写真だった。今のヒヤマとは似ても似つかない、スラッと痩せたヒヤマ。歳は20歳そこそこだろうか。ざっと見積もっても今よりも50キロは痩せている。肩まで伸びた髪の毛は少し癖があって柔らかくうねっていて、真っ白い歯を見せて笑ってカメラに向かってVサインをしていた。俺はその写真のヒヤマに一目惚れをしてしまった。

聞いたところによると、10年ほど前に病気をしてしまったのがきっかけで基礎代謝が大きく落ち、今も飲んでいる内臓の薬の副作用もあってヒヤマはこんなふうに太ってしまったそうだ。そんな事情なのに太っていることをいじるなんて酷いじゃないかとも思ったが、他ならぬヒヤマ自身が、明るくいじってくれよと言うから皆そうしているらしい。なんて良い奴なのだ。

今からヒヤマが昔のように痩せる可能性はほぼないと言ってもいい。俺が一目惚れをしてしまったヒヤマに会うことはもう叶わない。今いるヒヤマは俺の前で唐揚げを美味しそうにもぐもぐしている、自称体重108キロのヒヤマだけなのだ。だが俺は、そんな今のヒヤマのことも好きになり始めていた。

痩せていた頃の写真がきっかけで一目惚れをしただなんて、そんな失礼極まりない理由があっていいのだろうか?いいはずがない。だがしかし……俺はそんな葛藤に苛まれ、ヒヤマに想いを伝えられずにいた。ドスドスとデカい足音を立てて歩くヒヤマ。冷房の設定温度を下げすぎては周りに寒いよと怒られているヒヤマ。あぁ……!好きになり始めていただなんてまどろっこしい書き方をしたのは嘘だ。俺はもうヒヤマのことが好きだ。認めよう。もう少しだけこの片想いの葛藤を楽しんだら俺はヒヤマに想いを伝えるだろう。どうかいい返事が返ってきますように。

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