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【ショートショート】フライング・クロス・スナイピング

 崖から半身を乗り出して下を見る。本当に、ここを下って行ったっていうのか。
 情報を寄こしたKは、すねの傷が普通の悪人とは二桁違う。その分、扱っている情報の深さも、警察の小間使いをやっているような連中とはレベルが違う。
 それでも、Kを信用しきったことはない。情報屋は裏切りと信用を自在にコントロールできなくてはならない。情報を提供して誰かの信用を得るということは、情報元からは不信の目で見られるということだ。だから、ギブアンドテイクのバランスを考えて情報を出し入れしている。
 つまり、俺に奴の情報が渡っていると同時に、奴にも俺の情報が筒抜けになっている可能性があるということだ。普通の情報屋では真っ先に殺されそうな話だが、K自身が手練れときている。こちらも、リスクを承知した上でないと、Kは使えない。
 で、この高さだ。俺の方はといえば、もちろん問題ない。
 スーツの腋と背中のボタンを外し、足と手の間に広がるようにロックをかけていく。
 ウィングスーツ。Kは知らない、俺の移動手段。加えて、繊維に編み込んだ光学迷彩が、ステルス性も高めてくれる。
 俺はそのまま、空に飛び出した。崖に腹を近付けてほぼ垂直に落ちていく。バランスを崩せば命を落としかねないが、落下のスピードが実際以上に感じられるから、どうしてもやめられない。
 瞬間、風を切る音に異音が混じった。短くて鋭い、聞きなれた音――狙撃音だ。銃弾が腋の下をかすめたが、このぐらいの微小な穴が開いたところで、飛行に問題はない。
 まったく。Kの情報網を侮っていた。体を傾けて航行軌道を変化させる。光学迷彩にも対応済みなら、熱迷彩ではどうだ。
 それにしても、狙撃地点が絞り込めない。崖のすぐ下は岩場だが、百メートルほど離れれば森林地帯に入る。樹上からの狙撃となれば、発見が難しくなる分、向こうもリスクを負うことになる。狙撃の基本は、撃ったら移動。森の中で実行しようとすれば、狙撃と狙撃の間の時間は必然的に長くなる。
 とはいえ、この状況はKの情報の正しさの証明でもある。ここから先は、向かい合う俺たちが晒し合う情報戦だ。相手の位置情報を、より多く、正確に集められた方が生き残る。
 俺が不利であることは間違いない。パラシュートを開けば、どんな特殊迷彩でも、狙撃手の肉眼をだませない。
 二射目が腰のあたりをかすめた。サーモグラフィを使っているわけではないらしい。しかし、奴の位置も分かった。葉が揺れるのが確認できた。だが、これ以上遅れると、地上に激突する。
 パラシュートを開いた。
 その瞬間を狙っていたかのように、背後から銃弾が飛んできた。そして、ウィングスーツの中心を正確に撃ち抜いた。
 読み通りだ。
 パラシュートで減速すると同時に、スーツを脱ぎ去っていた俺は、一番近い木に向かって飛んでいた。このぐらいの速度なら、軽い怪我で済ませられる。そして、奴の狙撃位置がはっきりわかった。さっきの一撃は、俺の死角から同時に二発の銃弾を放っていた。滑空中に音の方向を捉えるのは難しい。葉が揺れたように見えたのは、もう一つの銃弾が着弾した地点だった。
 俺は落下しながら態勢を整え、さっきまで背中を向けていた方角に向かって、ありったけの銃弾をぶち込んだ。

Photo by Lane Smith on Unsplash

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