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#10 アメリカで飲食店開業。物件探しはどうしたらいいの?

アメリカで飲食店を開業するためには、当たり前だが、まず物件を探さなければならない。

アメリカで飲食店用の物件をリースする場合、3つのパターン考えられる。

1つ目が新築のスケルトン状態のスペースをリースするケース。

2つ目は現在も営業中の飲食店スペースの営業権を譲渡してもらうケース。

3つ目は現在空室となっている元飲食店スペースをリースするケース。

アメリカでは各スペースの用途が厳格に決められており、住宅スペースや事務所スペースを飲食店スペースに変更することはハードルが高い。

また、同じ商業スペースである物販スペースを飲食スペースに変更するのにも、用途変更が必要となり、より多くの駐車場が必要となる飲食スペースに変更するためには大家さんの全面的なバックアップが必要となる。

何よりも元々飲食店用に作られていないスペースを飲食店仕様に変更するためには、給排水、排気ダクト、グーリス・トラップ、電気容量アップなどの工事が必要となり、多額の工事費が掛かるため、あまり現実的ではない。

1つ目の新築物件のリースは難易度が高いかもしれない。

数が非常に限られることに加え、アメリカで飲食店経営の実績がない人は相手にしてもらえないだろう。

新築物件のデベロッパーとしてもテナントの信用リスクが低い大手チェーン店やある程度実績のある個店をテナントとして迎え入れたいはずだ。

新築物件をリースする場合は、給排水、空調、電気、グリース・トラップなどの基本設備だけが敷設された状態で引き渡しを受け、

テナント側で内装工事(Tenant Improvement:TI)を行うことになるが、テナント側の初期負担が大きくなるため、大家が内装工事の一部を負担してくれるケースが多い。

但し、TI Allowanceと呼ばれるこの補助は今後支払う家賃に含まれていると考えるべきであろう。

尚、TI Allowanceは内装工事が完了し、市の入居許可(Occupancy Permit)を得た後に支給されるケースが一般的。

アメリカで初めて飲食店を開業する場合、2つ目の営業権の譲渡が最も一般的かもしれない。


営業権の譲渡とは、現在その物件の大家さんとリース契約を締結しているテナントから、その地位を引き継ぐことはもちろん、

それに加え、多くの場合、単なるリース契約上の地位承継に留まらず、内装造作、厨房機器、店舗の屋号、オペレーション・ノウハウ、食材や資材の在庫まで、

場合によってはスタッフも含めその店舗の営業権を丸ごと引き継ぐということを意味する。

店舗の営業権を引き継ぐということは、つまり新規店舗のようにゼロからマーケティングをする必要もなく、基本的にはこれまで通りの売上が期待できるということである。

3年以内に半分以上が潰れるという飲食店業界において、この営業権の譲渡は比較的リスクが低いと言えるかもしれない。


自分がやりたい飲食店のコンセプトに比較的近い店舗の営業権をそのまま買い取って、徐々に自分の色を出していくというやり方が合っているかもしれない。

営業権の譲渡は日本ではそんなに馴染みがないかもしれないが、アメリカでは飲食業に限らず普通に行われており、BizBuySell.comなどのビジネス売買仲介サイトを利用する人も多い。

営業権の売買に際しては、売り手側は少しでも高く売りたい一方、買い手側は少しでも安く買いたいということになるが、

実際の売買に当たっては、過去数年分の損益計算書、キャッシュフローなどの数字面はもちろんのこと、リース契約の残期間、リース延長オプション、設備・内装・家具の状態、在庫、顧客リスト等を元に交渉することになる。

売買交渉が成立すると、購入価格やその他条件について定めた売買契約書を締結する。

気を付けなければならないのは、当事者同士で交渉が成立したとしても最終的には大家さんの承諾が必要になることを忘れてはならない。

そのため、売買契約には、現行リース契約の地位を引き継ぐ、もしくは新たなリース契約を大家と締結することを停止条件にすることを契約に盛り込む必要がある。

営業権の売買契約が成立すると、アメリカではエスクローを通じて決済・引渡しを行うことが一般的だ。


エスクローは日本では耳慣れない言葉だが、簡単に言えば、売り手と買い手がそれぞれの債務を履行するのを中立な立場で確認し、決済・引渡しを実行するための仕組みである。

売買代金を支払ったが、リース契約の地位の譲渡がなされなかったなどを防ぐだけでなく、

売買契約の中には、売買金額だけでなく、既存リースの敷金の精算、家賃や税金負担の日割り計算、仕入業者等に対する買掛金の精算、アルコールライセンスの譲渡などが含まれており、

特に売り手側が全ての債務を履行するかどうかを確実にする必要がある。

即ち、売り手が不正に営業権を売却するのを防ぐ側面があると言える。

例えば、アルコールライセンスの引継ぎがされていなかった、

売り手が店舗を担保に借金をしていた、

税金の滞納があったなど、

後でそんな事実を知っていたら買っていなかったということが防げるかもしれない。

エスクローの手続きはエスクロー会社が行い、通常は売買の仲介に入ったブローカーがエスクロー会社に対してエスクロー開設を依頼する。

買い手はエスクロー開設後3日以内に売買代金の10%をデポジットとして預け、

17日間のデューデリジェンス期間が付与されるため、その期間内に空調や厨房機器の動作確認を行うとともに、フィナンシャルレポートを確認し売買代金の妥当性を確認することになる。

そして、売り手が債務を全て実行しデューデリジェンス期間が終了すると、大家さんとの交渉が始まる。

その際、過去2年分のタックスリターン(確定申告)、テナントのクレジットスコア、資産のエビデンス、バンク・ステートメント、ビジネスの概要などを提出し、新しいテナントとして受け入れるかどうかの判断が行われる。

大家さんとの交渉が無事終わると、買い手が売買代金の残額とエスクロー手続きに係る手数料を納める。

エスクロー会社は全ての条件が満たされたことを確認すると、売買代金や敷金精算、家賃の日割計算などを記載した明細書を発行し、

売り手に精算後の金額を支払うと、エスクローをクローズし、売買が完了するという流れである。

営業権の譲渡の場合、基本的には譲渡後もそのまま営業が継続されるため、お客さんはオーナーが変わったことにも気付かないかもしれない。

尚、営業権全体ではなく、リース権及び内装造作(内装や厨房設備)のみを売買の対象とし、

屋号(店名)やオペレーション・ノウハウは引き継がないというケースもあるが、その場合は、保健所の許認可を改めて取り直す必要がある可能性がある。

アメリカでは営業権の売買が一般的とは言っても、自分がやりたい世界があり、内装や設備なども好きなようにやりたい、

もしくはゼロから飲食店を立ち上げても成功する自信があるので、営業権に対してお金を払いたくないという人もいると思う。

実際、僕もそうだったが、そういう人は3つ目の選択肢、現在空室となっている元飲食店を探すということになる。

但し、アメリカで空室の元飲食店スペースを探して自分のお店をオープンする場合、途方もない時間が掛かることを覚悟しておいた方がいい。


物件探しを始めてから希望の物件のリース契約を結ぶまで1年以上掛かったという人も少なくない。

アメリカではLoopNetなどのオンラインサイトで 誰でもほとんどの物件情報にアクセスできるようになっているが、サイトに出てきた時には既に有力な借り手候補と交渉中ということも珍しくない。

また、大家は、信用力の高い大手や既にアメリカで実績のある人に貸したいのは当たり前のため、アメリカで何の実績もない個人が良い物件を借りるのは至難の業と言っていい。

100%理想の物件はまず見つからないだろうし、見つかっても借りられない可能性が高いため、自分の中で重要視する項目を決めておいた方がいい。


僕の場合は、当初、

Irvine市内(Orange Countyの中心都市)、
家賃7,000㌦程度、
広さ1,300~1,500sf(約120~140㎡)、
窓が多い明るい物件、
パティオ(テラス)付、

という希望条件を持っていたが、人気のあるIrvine市内で借りるのは厳しいことが分かり、結局隣接するLake Forest市の物件を借りることにした。

人気のIrvine市という希望は叶わなかったが、そのお陰で同じ予算で1,900sfの物件を借りることが出来た。

しかも角物件で窓が多く、想定の2倍くらいの広さ(約1,000sf)のパティオ付き(パティオは独占使用権があるが、家賃は発生しない)という良い面があった。

不動産仲介から、最初に物件情報をもらった時の印象は、駐在員時代に何度か行ったことがあるショッピングモールでよく知っていたため、

僕自身は「あの冴えないモール」という印象に加え、メキシコ料理店がオープンしてはクローズしてという物件だったため、パスかなと思ったが、

ビジネスパートナーであるワイフが、「でも角物件でパティオもあるからいいじゃない?」と言うため、一度見に行こうということになった。

物件を探し始めた当初はまだ日本で会社員を続けていたため、物件情報が入ってもすぐには見に行けない、もしくは見に行こうと思って準備していたら既に決まってしまったという繰り返しだったが、

2018年末に勤めていた会社に退職届を提出し、2019年2月から本腰を入れて物件探しを開始して1ヶ月程して紹介された物件だった。

それまでに10物件以上紹介されていたが、その物件が初めて見に行った物件だった。

実際に内覧してみると、最初の物件にしてはちょっと広過ぎるかなという不安はあったが、三方が窓に囲まれており店内が明るく、そして何より広いパティオが気に入った。

話が少し逸れたが、僕の場合は物件を探し始めてから5ヶ月程で見つかったが、

もう1年以上も物件が見つからないという話はよく聞く。


また、運よく物件が見つかったとしても、空室物件の場合、そこからお店のオープンまで1年程度は掛かるとみておいた方がいい。

僕のケースでは、物件が見つかった時点を起点とすると、

リース契約締結に2ヶ月、
内装設計に3ヶ月、
工事内容に係る許認可取得に4ヶ月、
内装工事に4ヶ月、
工事完了検査に1ヶ月、

と合計約14ヵ月掛かった。

物件探しを始めた時点を起点とすると開業できる状態になるまでに19ヵ月掛かったことになる。


この点が空室物件を一から手掛ける場合のデメリットであろう。

僕の場合は、更に工事完了間近となった時にコロナのパンデミックが発生したため、

お店はオープンできる状態になってから実際のオープンまでに更に3ヶ月を要することとなった。

コロナは想定外としても、当初自分が想定していたスケジュール感と比べると、

設計作業で1ヶ月遅れ、
許認可取得で2ヶ月遅れ、
内装工事で1ヶ月遅れ、

という感じだったため、アメリカで飲食店を開業するには、とにかく自分が思っているよりずっと時間が掛かることを覚悟しておいた方がよい。

しかし、だからこそ自分の理想のお店をオープン出来た時の感慨は一段と深かったのだが。

上記の通り、物件をリースする場合、新築スケルトン物件のリース、営業権の譲渡、空室物件のリースの3つの選択肢があるが、実際どうやってそれらの物件を探したらよいだろうか。

先述の通り、アメリカは商業物件に限らず不動産の物件情報の多くが広く公に開示されており、空き物件情報には誰でもアクセスできるため、自分で探すのも一つの手かもしれない。

しかし、僕はそれに加えて不動産仲介に依頼するのが賢明だと思う。


不動産エージェントを起用する利点としては、

①公のマーケットに出て来ない物件もあり、それらの物件情報を入手できること。これは営業権の譲渡の場合は特に当てはまる。

➁物件には大抵の場合大家側の仲介が付いており、素人がいきなりコンタクトするよりもプロの方がスムーズに話が進むことが多いこと。

③基本的に売り手市場なため、マーケット相場を踏まえた交渉をしないと最初から門前払いを食らう可能性があること。

④どうしても借りたい物件だと前のめり感が相手に見透かされてしまい対等な交渉が出来なくなること

などが挙げられる。

でもプロにお願いするとお金も結構掛かりそうと思うかもしれないが、

アメリカは基本的には大家が自分側の仲介とテナント側の仲介の両者に報酬(仲介手数料)を払うことになっている。


これはリースに限らず、売買の場合もそうだし、商業物件だけでなく、住宅もそうなっている。

因みに一般的な相場はリースの場合で契約期間の合計賃料の6%、売買の場合で売買金額の10%となっている。

色々メリットがあって、しかも報酬も払わなくていいのであれば、プロにお願いしない手はないだろう。

尚、僕の場合は、少しでも早く優先的に物件情報をもらいたかったので、途中で成功報酬として、自分側の仲介に5,000㌦支払うこととした。

結果として、その約束を交わしてから1ヶ月強で今リースしている物件を紹介してもらうことが出来た。

営業権の売買を考えているのであれば、自分でもBizBuySell.comなどで探しつつ、営業権売買を専門にしているブローカーもいるので、そういうブローカーにコンタクトするのがいいかもしれない。

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