おいしいお肉

「いらない。」
「えっ。どうしてかな?」
「おいしくないもん。」
「これは、なかなか手に入らない天然肉で、中でも高級な肉なんだ。めちゃくちゃ美味しいよ。」
「おいしくないってば!」
孫娘は、そっぽを向いてしまった。

「娘さんの意見、分かりますよ。」
肉のブローカーが言った。
「最近の若い方は、みんなそう言います。」
「なぜ? わからない。舌が麻痺しているのかな。」
「近いですね。家庭では、どのお肉を食べますか?」
「人工肉だよ。なかなか自然肉は手が出なくなった。」
「出なくなった? 昔はよく食べていたの?」
「そもそも、スーパーには自然肉しかなかったからね。」
「えっ。今は人工肉しか置いてないよね。」
「うむ。規制が厳しくなったからね。始めに売り出させた時は、すぐには広まらないと思ってた。でも、案外美味くてね。数ヶ月後には、人工肉の方が置かれるようになった。ちょうどその時、世界中で自然を守るNNHムーブメント(Non Nature Hacking)が起きてたのも、影響しているだろう。」

「お嬢さん、自然の肉を食べたのは初めてかな?」
「うん。そうだよ。」
「美味しくないと言っていたけれど、それは、人工肉と比べて美味しくないという意味じゃないかな?」
「そうかも。じいちゃんから、今日食べる肉はめちゃうまいよって聞いてたから、わくわくしてたんだけど。」

「ふふふ。さて、お爺さま。あなたは自然の肉を食べ慣れていらっしゃる。人工肉を販売すると聞いたとき、どんなイメージでしたか?」
「まあ、あまり美味しくないだろうなと。」
「そうですよね。だから、人工肉を受け入れてもらうには、自然肉以上に肉らしい美味さが必要なわけです。皆が競い合って、目標を目指した。そして、実現された。」
「ああ。なるほど。結果的に肉らしく美味い人工肉が、破格の値段で買えるようになった。このタイミングを狙って、慈善団体がNNHを進めた。政府も乗って、自然肉規制法を通した。」
「そうです。よって、簡単に自然肉は食べられなくなった。」
「じゃあ、ある時からほぼ人工肉しか食べていない世代が出てくるのか。」
「そうです。つまり、お嬢さんですよ。彼女は、肉より肉らしい味に慣れている。だから、自然肉の味を知覚しにくいわけです。」
「うーん。それは残念だなあ。あの繊細な美味さはなかなか味わえないのに。」


「そうかな。」
「えっ?」
「このまま、人工肉だけを食べ続けて、うしさんが元気なままの方が良いなあ。死んじゃうのやだよ。」
「うーん。そ、そうか。」
「ふふふ。お嬢さんの方が賢いようですね。」

「さて、終わったかな。」
「な? け、警察?」
「えー。私、逮捕されちゃうのー? やだよー。」
「ふふふ。お嬢さんは罪に問われません。食べさせたのは、お爺さまですから。」
「騙したな。」
「いえ、騙してませんよ。逮捕されるわけではないですから。今回のようにお店を通した場合は、警告になります。自分で牛を殺して、食べた場合は逮捕になりますがね。」
「店主さんの言う通りです。このような法にしたのは、何もしなくとも、人工肉の味に慣れていくと予測していたからです。自然肉の味を知る方も、説明すると、理解していただけます。」
「そうか。全部、お見通しか。」


「ねえ、今度は人工肉の専門店に行こうよ。行ったこと、ないでしょ。」
「ふふふ。お嬢さんについて行ってみては?」
「はあ。まあ、まだまだ知らない味が見つかるかもしれないからな。」

(おわり)

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