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採訪3:大宜味村,沖縄

4月中〜下旬の話.沖縄本島北部,大宜味村にある I 農園(画像は I さん).ここは,やんばるとして世界自然遺産の指定を受けた場所.ブルーゾーン=長寿の村として世界から関心の高い場所.沖縄で共生農法というからには訪れたい場所.OHANA-ROBOT開発を続ける条件として,まず自由に使える土地があって,生物多様性に富んでいて,人間と自然の共生バランスが取れていて,その土地にコミュニティが根付いていて,伝統的な文化慣習があることを考えていた.わざわざ移住するに足る特徴がないなら却下.大宜味村はモアイ(模合)があって民謡や踊りやユンタクを楽しみに生きる場所.やんばるの奥地.昔からその土地に根付いて生きる人がいる.と妄想し,この地に行けば何かが分かるという期待感のもと2週間滞在した.
 Iさんの親は専属農家で,藁や海藻を撒いて月の満ち欠けを見ながら農業を営んでいた.Iさんは定年後に農業を始め,ずっと食べてきた親の作る野菜の美味さを目指し,自然と寄り添う農法を受け継いでいる.私はI農園で2週間農村生活をすることで,伝統と変化の狭間にある現代の農村社会の一端を垣間見た.私の興味は農業だけでなく,民俗的なこと,つまり暮らしや地域のこと,人間関係や風習や昔話といったことまである.それらを非構造化インタビュー(前半)と,絵本を見ながら各章について対話をする半構造化インタビュー(後半)によって聞き出しつつ,日々の暮らしをよく観察することでなるべく多くのことを知ろうとした.

 まず前半であるが,Iさんとは色々なことを話した.見聞録を,後日読んだやんばる学入門,及びドキュメンタリー映画「100まで生きる: ブルーゾーンと健康長寿の秘訣」を借りながら紹介したい.著者は沖縄に里山は存在するのかという疑問を,「聞き取り調査の結果」,確かに昔は存在していたことがわかった.植物に対する豊富な知識や固有の呼び名を持ち,今は忘れられた固有の土地の呼び名を持ち,伝統的な行事があって,山に囲まれ貧しくも自然と共生して暮らしていた情景が浮かび上がってくる(本州の里山というより南国の島版の里山という印象を持った).その環境は,戦後復帰して人口が増えて開発が進み,森林は伐採され,都市部に人口が流出し,急速に変化していった.かつての里山もやんばるも「奥」も,外部の社会からの影響を大いに受けていたことがわかった.映画では,1999年と2015年の風景がまるっきし変わったこと,その影響は平均寿命の数値に表れていることが指摘された.
 人間が山を開拓して大自然に囲まれて農業をしているからと言って,その農村が里山だとは言えない.あるいは,島には島特有の地理・歴史的条件があるため,本州的里山の評価軸で見てはいけない可能性もある.島の民俗にも興味を持つようになった.
 とはいえ都市空間とは大違いで,私が滞在中にブルーゾーンとしてのやんばるの残響を感じたのは4つある.一,ほぼ毎日知り合いがふらっと家に来てご飯を一緒に食べるor差し入れをもらう.どうやらこういう文化らしい.子孫とは別居だが,知り合いや民泊の客とご飯を食べる習慣にあるそうだ.二,地域の知り合いとは方言で話す.Iさんや知り合いは70代前後で,ほぼ標準語しか使わないと思っていた.この方言が標準的なうちなーぐちか国頭村の言葉か,深掘りはできなかったが,帰属意識を持つ上で重要な要素だと感じた.三,毎日のように色々な生き物を見た.夜外に出ると一寸先は闇.真っ暗で怖く,生き物の鳴き声がしていた.悪いことは色々な虫が部屋に湧いて気が散ったことだ.百足がご飯中急に落ちて来ても驚きもしないIさん夫婦と,絶叫していた客.四,圃場へ向かう途中,そこら中に生えている月桃の葉を忌避剤として擦り付けていたことだ.私はこの種の”ジャングル的”ブリコラージュを期待していたのだが目立って多くはなく,代わりに,”artes mechanicae”的ブリコラの宝庫だった.
 以上のことから,本の世界と違って貧しさを感じない暮らしをしており,ブルーゾーンという現象は現代化の影響を緩やかに受けつつも,姿を変えて山に潜んでいると思った.生きがいを大事にされていたり,ユンボや軽トラなどの便利な道具を工夫して使いながら百姓をする姿は,決してブルーゾーンの衰退を意味するものではないと考える.
 今度は逆にイメージと違ったのを4つ紹介する.一,家が離散的に分布しているので知り合いは大抵車で来ていた.故に,普段から地域のみんなで集まるというよりは,数人ずつ会うスタイルだった.道端の看板によると大宜味村は農道整備として合計3km,補助金3億円くらいの規模の工事を済ませていた.圃場規模が大きくなり,外部に作物を輸出しやすくなり,,,と言う正のループと,人口が流出し,放棄地が増え,山が荒れ,,という負のループが混在していた.二,皆んなが沖縄民謡や踊りをアイデンティティとしているわけではない.車の中では謎のクラシック,散歩中に畑仕事をしていた人のラジオからもバレエ音楽...ただし近隣で三線師範のオジイがいるので地域性や個人差はある.「忘れられた日本人」で描かれた日々民謡を口ずさむ世界観では無く,アマプラやYouTubeと同系列のコンテンツとして沖縄民謡が並んでいたことはややショックだった.四,自給自足度が意外と低い.換金作物のウコン栽培の功罪か.ただしリスクヘッジとしてスーパーで必要なものが買えるのは悪くないと思った.大抵はオバーの手作りで,チャンプルー,沖縄そば,猪豚料理,イカ墨パスタ,天麩羅,刺身,などなど,沖縄料理が主体で美味しく健康的だった.猪豚は自家製なだけに,多種多様な料理が出されたしこだわりが感じられてよかった.

 さて後半の半構造化インタビューだが,絵本の真意は理解されなかった.原因は時間軸がずれていたことと,現実の農家には相容れないところがあることだと思われた.Iさんは「百姓は自分でなんでもやるんだ」と言って実践されており,便利な道具を買うのではなく,工夫や修理を通じて壁を越えていく様を見せてくれた.Iさんは山で生活する上で非常に実践的な身体知を見せてくれた.この土地の農業は将来どうなるのか,人口減に伴ってインフラの維持ができるのか.LLMを通じて実践的な知識を得たり,農作業機や軽トラの半自律オペ等によって手が回る農耕牧畜が実現できたりと,未来の情報技術によって良い変化を起こせる可能性は感じた.今後ますます現代化の影響を受け,暮らしや農村の在り方が変わり,地域の古くからの伝統や自然知は忘れられていく.こういった文献をAIが学習することが可能になれば,AIによって忘れられた自然との共生関係を日常に取り入れられる日も来るのかもしれない.とにかく,絵本の世界観は「生きがい」という点では受け入れられつつも,情報技術等の時間軸と生きる上での現実的な問題が障壁となっていることがはっきりと分かった.
 
 話を終わりに向かわせよう.日中は百姓手伝いをした.セルフビルドの家の修復からウコンの収穫や選別,バナナ苗の植え付け,家畜の世話といった作業をした.作業風景の動画で少しでも伝われば良い.
 作業を通じて,誰が食べるか分からないような産業としての農作業が私は好きで無いことがはっきりした.I農園では特別巨大なウコンの品種を作っているので既存の収穫機械では掘りきれず,使い物にならないため全て人間の筋肉で問題を解決した.これでは極めて非効率ではあるが,馬鹿馬鹿しいと感じていた.同じ労力で自家用の田んぼ作業をしたかった.身内や仲間で食べるものを作る方が余程楽しい.とにかく,Iさんの面白さがなければ早々に帰ったことだろう.Iさんからは様々なことを教わり,有意義な視察となった.

終わりに
この家には約8匹の猫が居候しており,猫アレルギーとしてこれまで避けてきたが初めて猫と戯れる経験もした.猫のある暮らしに魅了された.猫はいっぱいいた方が暮らしが楽しくなる.

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