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営業日報第1話/見た目

今日は車の営業時代の話を書いていく。
営業日報として面白い客や私の失敗談などを連載していこうと思う。

借金を完済した私はパチンコ屋を辞め、以前から興味のあった営業職を探す。
営業として活動するためには商品の知識が必要になる。
勉強嫌いな私にとって新たな知識を詰め込むのは中々難しい。
他人を納得させるだけの知識があるとすれば自動車だった。
そんな理由で自動車販売の世界に足を踏み入れた。

営業マンの良い所と言えば「自由」という事だろう。
今はガチガチに管理されている会社も多いが、当時の営業職は本当に自由だった。
決まった時間に出勤して外回りに出れば、帰社するまで誰の干渉も受けない。
勤務時間にパチンコを打っていようが、カラオケではっちゃけていようが、週末に注文書を出せるのであれば問題ない。
逆にどれだけ真面目に頑張っていても、注文書を出せなければ怒られる。
そういった世界である。

営業日報第1話/見た目

まだ新人だった頃の話。
その日は週末のイベントで基本的に外回りはしない。
平日に来店を促している見込み客の来店を店内で待つ。
先輩たちと雑談をしながら来店客を待っていると、ヨレヨレの上下の年配男性が自転車に乗って来店した。
どう見ても新車を買えるようには見えない。
たまに冷やかしの客も来るが、無下には出来ないので応対はしなければいけない。
先輩たちは「お前練習がてら行ってこい」と私に押し付けた。
まあ待っていても私の場合は来店客の予定もなかったので、半ば暇つぶし感覚で応対した。
「いらっしゃいませ、ご用件をお伺いいたします」
男性はポケットからチラシを取り出した。
新聞折り込みに入れた我が社の週末イベントのチラシである。
男性はチラシの中に掲載されている特価車を指さす。
「これ買いにきたんよ」
支払総額で400万強のセダン車である。
誰がどう見てもこの男性に買えるような車ではない。
見た目だけで言えばローンも確実に通らないであろう。
しかし応対はしなければいけない。
男性に諦めてもらえるように見積書を作るしかない。
そう踏んだ私は、丁寧に男性を商談テーブルへと案内した。

希望色や必要なオプションなどを聞き見積書を作る。
当たり障りのない値引き額からスタートした見積もりを男性に提示する。
男性は10秒ほど見つめると呆気らかんとした顔で私に言う。
「うん、これでお願いするよ」
いやいや、お願いされてもお金を払ってもらわないと買えないんだけど。
先輩たちはカウンターの奥から笑いながら見ている。
負けないように商談を続ける。
男性は自転車で来店して来たが、念のため下取り車の有無を聞く。
「今お乗りになられている車があれば下取り出来ますよ」
男性は申し訳なさそうに答える。
「いや、もう古い車で値段は付かないよ」
新車販売の場合、値引き額の調整のためどんなに古い車でもゼロという事は有り得ない。
「古くても少しは値段が付きますので、出来れば見せていただけませんか?処分も必要でしょうし。」
そういうと男性は
「じゃあ後でお金を持ってくる時に乗ってくるかな」
と現金一括払いである事を伝えてきた。
来店ノベルティを男性に渡し、歩道まで見送って商談は終わった。

男性が帰った後、先輩たちは楽しそうに話しかけてくる。
「いや、商談の運び方上手かったよ」
「手付金をもらっていれば完ぺきだったな」
「でもこれで本当に下取り持ってきたら凄いよな」
言いたい放題である。
しかし退屈な店内での待ち時間を少しでも和ませる事が出来たのであれば幸いだと思った。

男性が帰ってから4~5時間が経っただろうか。
もう誰も男性の事など気にはしていない。
明日になれば冷やかしの1人として記憶から消えていくだろう。
そう私が思っていたとき1台の車が入ってきた。
古い車だが男性が購入した車と同じ車種だった。
男性が購入したセダン車の売れ筋は2000ccで、購入者の9割以上がその2000ccを購入する。
しかし入ってきた車は3000ccのトップグレードである。
店内がざわつく。
一縷の望みを胸に私は運転席へ駆け寄った。
運転していたのは先ほどの男性だった。
「ごめんね、お金下すのに時間かかっちゃって」
そう言うと男性は車を降り、鍵を私に渡して続けた。
「古いから無理に値段付けなくてもいいよ」
たしかに古い、MC直前に購入していたとしても8年落ちだ。
普及グレードであればスクラップ扱いで2万円が限度だろう。
しかしトップグレードは弾数が少ないため希少だ。
査定をするために運転席に乗り込み走行距離を見る。
なんと3万キロ。
初年度登録から10年経つので、年間3000キロしか走っていない。
それに比例して外装も極上であり、一目で屋根付きの車庫保管だと分かる。
査定書をまとめ、本社へFAXする。
数分後、本社から来た査定書には35万の金額が記載されていた。

男性に査定額を伝えたところ大喜び。
見積書の支払総額から査定額を差し引いた現金を受け取る。
若干震える手で数えた事の無い枚数の万札を数える。
事務員さんにも確認してもらい領収書を男性に渡した。
必要書類や大まかな納車予定日の話などを行い、商談は無事にまとまった。
男性が帰る際、歩道まで見送る私に手招きをする。
私が近寄ると私の手に「ほら」と何かを差し出した。
折りたたまれた万札が見える。
「いえ、これは貰えませんよ、怒られてしまいます」
男性はギアをパーキングに入れ、私の手を両手で掴んで無理やり握らせる。
「下取り分儲けたからね、こういうのは僕だけが貰っちゃ駄目なんだよ」
そう言うと窓から出した手を振りながら帰っていった。
クシャクシャになった札束を広げると8万円。
ビックリして店長にその事を素直に話した。
店長は笑顔で私に語りかけた。
「素直にもらっておけ、返したりして客の気分を害する方が問題だ」
そしてこう付け加えた
「客を見た目だけで判断しなくてよかったな」
いえ、無理やり行かされただけなんですが。

その客には納車時にも飲みに連れて行ってもらったり、息子さんを紹介してもらったりとお世話になった。
営業マンたるもの、人を見た目で判断してはいけない。


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