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支配する無意識 【HSP】

数年前からよく使われるようになったHSPという言葉。
Highly Sensitive Personの略で、感受性が高く、刺激に対して敏感な特性を持つ人のこと。

私がHSPであることは自覚していて、この言葉を知った時に「これだ」としっくりきたのと同時に、同じような感覚を持つ人が他にもいるという安心感、そして、それが世の中に知られつつあるという喜びを覚えたことは今でも覚えています。

人より深く考え、小さな空気の変化も感じ取り、日々の生活を過ごすだけでも精一杯。

誰かの感情や言葉が自分の中に勝手に入り込んできて、あたかもそれが自分自身から出た感情だと思い込む。

だから時々、本当の自分がわからなくなる。

厳密にいうと、『いつもは分かっているけど、時々わからなくなる』のではなくて、『自分自身のことが分かっていないことに時々気づく』。

頭や身体の調子が悪くなって、立ち止まり、やっと気づく。
自分は疲れているんだと。
自分自身の感情や考えに素直に向き合いきれてないまま日常生活を当たり前に過ごしているから、ここまで疲れたんだと。

関わる人を減らすことは自分にとって手っ取り早い対処法だ。

イギリスに来て、自然に囲まれて、
周りの会話を拾えるほどの英語力はないし、
日本との距離や時差もある。

これは自分にとってとても安心できる環境。

それに、自分を愛してくれる夫がいつもそばにいる。
安全が守られている。


HSPに関する本を2年ほど前に読んで、この特徴を理解してうまく利用することができることを知った。

確かにその本を読んだことで、前よりずっと楽になった。

それでもやっぱりコントロールは難しい。
20数年間同じ思考回路でやってきたし、染み付いている思考回路や感情に従う方が簡単だから、目まぐるしい日常生活の中で、修正できるのは意識下の感情や思考だけ。

無意識下の感情や感覚には修正が追いつかない。

HSPは治すべきものではなくて、利用の仕方を工夫するものだと分かっているけど、まあ、簡単ではないよね。

まずは自分とそれ以外の境界に気づいて、分ける。
「それは自分のものではない」と認識できるようにする。

患者は『自分自身を信じることができない医師』に、信頼して治療を任せることなんてできない。

ドラマの中のこの一言に「確かに」と思う。納得し、自尊心を取り戻そうとする。


私はよく頭の中にあるものを手帳に書き出す。
そうすると、自分の中にあるものと外の世界からやってきたものが目に見えてわかる。
頭の中がスッキリ整理整頓されるから好き。

自分自身を知るためにやることがある。
「やりたいこと」と「やりたくないこと」を書き出す。
「やりたいこと」には、そう感じる理由を書く。
自分の内側から湧き出てきた感情なのか、何かに突き動かされて出たものなのかをはっきりさせる。
誰かの言葉や期待に応えるためなのか、自分の思いが何かによって強められたのか。
そこがはっきりしていないと軸がブレる。
軸がブレているものは、努力しきれない。どこかで挫折するか結果が伴わない。それが例え成功しても、自分のためにはならない。

だから、ここにはいくら時間をかけてもいいと思っている。
自分の揺るがない軸を探して、本当に「自分がやりたいこと」をする。

ただ、探しながらも前に進む。
時間には限りがあるし、自分自身も日々変化する。

行動しながら、自分を見つめ、「その時の」自分の感情に目を向けて向き合う。

それが日常的に器用にできたら苦労しないのに。


今日もまた自分の核心に気づいて戻って来れた。
このひとときに感謝する。
地に足がついてホッとする。

意識的にこの場所に戻って来れたらいいのに、まだこの世界への入り口を見つけられていない。

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