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刺青だらけの魔法使い

以前働いていた職場に、服を脱いでも着物を着ているおっちゃんがいた。

全身に見事な和彫りの刺青が入っていたのだ。

おっちゃんは風貌もおっかなくて、ガラが悪くて、みんなのリーダーで、威張っていて、イタズラ好きで、でもそういう類いの人がいつも決まってそうであるように、本当はやさしさを隠している人だった。

あるとき、おっちゃんとコタツで鍋を囲んでいたとき、めずらしく仕事の話になった。

「おまえ、そこに座ったままで、あそこのストーブ動かせるか?」

おっちゃんは、部屋の隅のガスストーブを指さして、ニヤリと笑った。

「魔法使いでもなきゃ、無理ですね」

「そうか、俺ならできるぞ。魔法なんてカンタンじゃねえか」

「どうするんですか?」

「○○、おまえ、あのストーブ持ってこい」

呼ばれた若手の○○くんが、さっとストーブを動かした。

「なんだよそりゃ」とみんなで笑ったが、おっちゃんは誰よりもガハハハと笑っていた。

今思えば、あれは、いろんなことを一人で背負いがちな僕に対する、おっちゃんなりのアドバイスだったのかもしれない。

おっちゃんはいつも、僕らをうまくリードして、チームを動かして、難しい仕事をやり遂げた。

逆に僕は、自分にできることだけをただひたすらやって、ひいひいと息を切らしてたっけ。

一人でやろうとすんな。もっと人を使えよ。みんなでやったほうがうまくいくんだよ。もっと人を頼れよ。

そんな、やさしい言葉は決して吐けない、おっちゃんだったから。


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