【書評】小林秀雄『読書について』

今回は、「批評の神様」と呼ばれる作家であり批評家としても活躍された小林秀雄さんの『読書について』というエッセイの紹介をします。
読書法についてだけでなく、鑑賞や批評すること、書くことについての考えも述べられています。
個人的には「本とどの様に向き合っていこう」と考えさせられる、素晴らしい本でした。

本書の基本情報

基本情報

タイトル:『読書について』
著者:小林秀雄(作家・批評家)
出版社:中央公論新社
価格:本体1,300円+税
ページ数:187p
ISBN:978-4-12-004540-0

冒頭文

僕は、高等学校時代、妙な読書法を実行していた。学校の往き還りに、電車の中で読む本、教室で窃かに読む本、家で読む本、という具合に区別して、いつも数種の本を並行して読み進んでいる様にあんばいしていた。まことに馬鹿気た次第であったが、その当時の常軌を外れた知識欲とか好奇心とかは、到底一つの本を読み了ってから他の本を開くという様な悠長な事を許さなかったのである。

引用元:『読書について』p.9 & 本の帯

おすすめポイント

一人の作家の「全集」を読みなさいという教え

この本には、いわゆる「速読法」のようなテクニックは書かれていませんので、そういう読書法を期待している方は注意が必要です。
小林秀雄さんは、一人の作家を決めて、その作家の「全集」あるいは作品を全て読むことを薦めておられます。
これはつまり、一人の作家と「対話する」という事なのだと思います。本にはその作家の人生観・思想が詰まっているものです。同じ作家の作品を読むことで、思想の移り変わりや大事にしていること、文章の癖…そういった様々なものが見えてくるようになります。一人の作家の作品をひたすら読み続けることは、”偏り”になると思われる方もいらっしゃるかもしれません。確かにそれは否定できないと思います。しかしながら、ひとつを突き詰めることでしか見えないことも沢山あるのではないかと思います。
この世には様々なプロフェッショナルがいます。例えば、プロスポーツ選手、学者、職人…等々。そのプロフェッショナルな方たちを見ていて思うのは、その専門の領域を突き詰めることで、”人生における普遍的なものを見つけている”ということです。不思議なことに分野は違えど突き詰めることでなんらかの共通した普遍性が見えてくるようです。それは、ひたすらその対象のものと向き合った(対話した)結果なのではないかと思っています。一つの物事を突き詰めることは、ある側面から見れば偏りを生みますが、対話でしか得られないものも多くあり、それが学びにもつながっていくのだと思われます。極端に突き詰めることで普遍的なものが見えてくる…これはすごく面白いことだと思います。
「何か好きなことを見つけて、それを突き詰めなさい」と言われることありますよね。その意味がこの本を読んでなんとなくわかった気がしました。

鑑賞するときに気を付けなければならないこと

小林秀雄さんは、この本の中で「鑑賞すること」についても自分の考えを述べられています。その中でも特に印象に残った箇所を紹介します。

ある意見を定めて鑑賞している人で、自分の意見にごまかされていない人は実に稀です。生じっか意見がある為に広くものを味わう心が衰弱して了うのです。意見に準じて凡てを観賞しようとして知らず知らずのうちに、自分の意見に合ったものしか鑑賞できなくなって来るのです。いろいろなものが有りのままに見えないで、自分の意見の形で這入って来る様になります。こうなるともう鑑賞とはいえません。

引用元:『読書について』

鑑賞するときに、自分の意見を持ちすぎていると、自分の意見に合ったものしか見えなくなる…すごく深い言葉だなと思いました。自分の価値観に沿ったものしか見えないとするなら、鑑賞する意味はあまりないように思います。自分の中に他のものを受け入れる「余白」をいつでも持っておくこと、これが大事なのだなと思いました。
人はどうしても、自分の価値基準に縛られがちで、それによって他人の意見を聞き入れなかったり、抑圧したりと暴力的な態度をとってしまうことがあります。自分の意見も持ちつつ、自分の意見に合わないものも受け入れられるような余裕を常に持っておきたいと思いました。

批評するということ

”批評の神様”と呼ばれる、小林秀雄さん。様々な作品の批評を行ってきた彼の批評に対する考えは、非常に価値のあるものだと思います。ここでは気に入った箇所を2つ紹介させていただきます。

ある対象を批判するとは、それを正しく評価する事であり、正しく評価するとは、その在るがままの性質を、積極的に肯定する事であり、そのためには、対象の他のものとは違う特質を明瞭化しなければならず、また、そのためには、分析あるいは限定という手段は必至のものだ。

引用元:『読書について』

「批判=積極的に肯定すること」
これにははっとさせられました。それまでの私は、「批判」という言葉には、相手に対して否定的な意見をするというイメージを持っていたからです。確かに、批判は必ずしも否定でなくてよい。いや、むしろ否定であってはならないのかもしれない。
逆に、「肯定」についても考えさせられた。肯定は”良い”という評価を下すことだけではない。肯定はただ”事実を受け入れる”ことも含まれる。この”事実を受け止める=ありのままを受け入れる”という事は、どんな物事に対峙した時でもとても大切な考え方だと思った。事実を事実として受け止める。そこに自分の価値判断は下さない。そうすると、より冷静に分析しできるようにもなるし、相手とも向き合うことができる。
私のように、「批判=否定」「肯定=良い」みたいな極端な思考に陥っている人は多いと思います。しかし、その中間、どちらでもないという選択もあっていいのです。言葉の意味を正しく捉える…その重要性に気付かされました。

批評分を書いた経験のある人たちならだれでも、悪口を言う退屈を、避難否定の働きの非生産性を、よく承知しているはずなのだ。承知していながら、一向にやめないのは、自分の主張というものがあるからだろう。主張するためには、非難もやむを得ない、というわけだろう。

引用元:『読書について』

「悪口は非生産的」…言われてみれば確かにそうだ。悪口だけだと、そこから何も生まれない。ただその対象を排除するだけにしかならない。悪口がなくならないのは自分の主張を持ちすぎているから…という主張は、前に述べた「鑑賞」の考えと似ていると思いました。
悪口を言うだけ…これがいかに非生産的なことであるかに気付くことができれば、世の中はもっと温かくなり、もっと多様になり、それが結果的に発展につながるのかもしれない。自分の主張を持ちすぎる危険性について、ちゃんと個々人がちゃんと考える必要があると思いました。

まとめ

読書術を学ぼうと思って手に取った本でしたが、それ以上に様々な学びを得られた本でした。
「一つのことを極めることの大切さ」
「肯定と批判の意味」
「自分の意見を持ちすぎることの危険性」
それらを知って、とても穏やかに、そして冷静に物事に向き合えるようになってきたように思います。
とても学ぶべきことが多い本です。少々難しめの本ですが、一読の価値はあると思います!!ぜひ読んでみてください。

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