馬鹿な私を赦して#24

走り出したら止まらなかった。
某SNSにファンがアップしてくれた動画で火がつき
世界各地からラジオ、ライブ、雑誌の撮影、インタビュー、
といったオファーの嵐。

スケジュールに空白がなくなった。

だけど三人とも浮かれている様子はどこにもなかった。むしろまだまだ足りない。まだまだ未来を見ていた。
眠る時間はほぼなく、移動中に
ほんの少し仮眠。それを断続的に繰り返していて、なんとか体をキープしていた。

そんな日々が続いた。
そしてある日、シンラさんが
倒れた。
ライブ中の出来事だった。
若いとは言っても、人間で。
どこにでもいる、人間だ。

病院にすぐに搬送された。
でもそこでライブを中断することは
出来なかった。
シンラさんはきっとそれを望むと
私達は判断した。
泣き叫んで倒れるファンも続出した。
地平線まで続いてるんじゃないかと
思えるほどのファンを前に
チケットも販売して即ソールドアウトしているライブ。
見に来られない人もいたはずだ。
裏切るような真似はできない。
シンラさんのギターの音と声は
スタッフがすぐにサンプリングを
用意して充ててくれた。
三曲目に入ろうとした時の
ことだった。
ギターを持ってステージに
現れたのは、シンラさんではなく、
ソウマ君だった。
倒れてすぐ、その対応中に転換を組み
音を鳴らしていない私達の
裏側でトキオさんがソウマ君に
連絡をしていたことは
後から分かったことだった。
三人はアイコンタクトを交わして

シンラさん不在の三曲目にはいった。

それはステージが開演してトータル
12曲目だった。

ファンのソウマ君へのコールは
鳴り止まなかった。

ソウマ君のスウィートメロウなアルペジオから入っていった。

私は涙が止まらなかった。
今すぐに抱きしめたい。
話したい。
でも、私達がしていることは
遊びじゃない。遊びの延長線上ではあるが、れっきとした仕事だ。

余りにも私の心に灯るこれは
私情が過ぎる。

涙を必死に堪えた。
それでも歌声は涙声へと
変わっていた。

12曲目が終わった。

ソウマ君がマイクを握り
話し出した。

「sorry. shinla is worried.
We go to hospital immediately.
Next song is
this live last song. I'm deeply sorry.

英語よくわかんないんだけど
伝わってるかな?ルイ。」

「はい、オーディエンスの声を聞く限り、大体の意味は伝わってると
思います。」

「みんな、なんて言ってる?」

「直訳すると、ただちに、今すぐに、急いで、シンラさんの元へと言ったところですね。」

「よし、ルイちゃん通訳ありがとう。言葉に甘えて今すぐ行こう。」

三人で深く頭を下げて
ステージを後にした。

黒塗りの如何にもという感じの
マイクロバスに乗り込んで
病院へと移動した。

移動中、ソウマ君に
聞きたいことはたくさん
あった。
でもきっとそれはトキオさんも
同じで、今倒れていて何も知らない
シンラさんも同じで。
今、優先すべきことはただひとつ
シンラさんの安否確認だ。
''MORI hospital"
そう名が掲げられた病院に到着した。
受付らしきところでソウマ君が
何かを話している。
風格のある人が間も無くして
現れた。
「トキオ、ルイ、えっと、僕の父です。」

トキオさんと私は
きっと同じ気持ちだったに
違いない。

遠くから救急車が悲鳴をあげているのが
聞こえる。
そこには沢山の人がいるはずなのに
雑踏も雑談も入ってこない。

「どうも。息子がお世話になってます。」

そう軽く会釈をする
父と紹介されたその人の所作は
そう、たしかにどこか
ソウマ君に似ていた。

顔立ちもいまのソウマ君の顔を
もっと精悍な顔つきにしたような。

「じゃあ、行こうか。」

ソウマ君のお父さんはそう言うと
私達をシンラさんの病室へと案内
してくれた。

心電図に点滴、サーキュレーター、
酸素マスク、足にポンプのような物までつけられていた。

「父さん、シンラはどうなってる!?」
ソウマ君は焦りを押し込めたような
声でお父さんに尋ねた。

安直に考えていたわけではないが
ここまであれこれと取り付けられている
シンラさんの身に何が起こったのか。
トキオさんはシンラさんの側の
パイプ椅子に腰を下ろして押し黙っていた。

「隠しても仕方ない。はっきり言う。
シンラ君はこれから、いつ眼を覚ますか、わからない。」

「どうして?なんで?」

「まず、過労。そして脳のオーバーワークみたいなものがあったんだろうな。
おそらくシンラ君は並みの人間ひとりじゃ抱えきれないことを独りで抱え込みすぎたんだろう。これから更に精密な検査も行なっていくが、ここまでに終えた検査でわかったこと、そして医師としての直感がそう言っている。」

「なんでだよ!なんで!シンラが、
シンラに限って、なんで、僕じゃないんだよ!助けてくれよ!何か臓器が必要なら僕がいくらでもシンラに渡す!
父さん、僕らにとってシンラはいなくちゃだめなんだ!ファンも待ってるんだ!父さん、頼むよ、、」

「ソウマ、落ち着け。ソウマが何も言わなくても、既にここまで手を打ってくれてる。眼を覚まさないかもしれないって話だろ?眼を覚ます可能性もある。
誰よりもいち早く諦めてるのはソウマ
なんじゃないか?いま、シンラ休んでるんだぞ?闘ってるんだぞ?そんな大声でいい歳をした俺たちが叫んでどうする?何か、変わるか?ソウマが叫んだら、叫ぶだけ、シンラがこっち戻ってくるなら、俺だって叫ぶよ。信じられないくらいの大声だしてやるよ。ソウマ、信じよう。ソウマのお父さんも、この病院のスタッフさんも、シンラの生命力も。」

「私は二人のどっちが正しいとか正しくないとかはないと思うし、誰が悪いなんて話でも無いと思います。
いま、私達に出来ることはシンラさんが
戻ってきたときのために活動を続けることだと思います。私がシンラさんなら
それを一番に願います。
自分のせいでMoon Raver が歩みを
止めていたら悔やんでも悔やみきれません。」

ただ静けさの中に
シンラさんの拍動を伝える心電図の音だけが鳴っていた。
それは私達がここに在るという
確かな、証明でもあった。

まるでそこはメンバーが集う一発録りの
空間のようで。

ここにいた私達の想いはきっと、
ひとつ。


シンラさん眼を覚まして。


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