紺色のダッフルコート#18

「ソウマか、おおきくなったな。」

「大きくもなるよ。もう20の齢になるんだから。」

「それもそうか。あれから20年か。」

「ここじゃ迷惑がかかるよ。父さんこそ、いくつなんだよ。」

「父さんか。良い響きだ。生まれて初めてってこんな歳になっても
あるもんなんだな。」

僕等はそんな話をしながら、カフェへと足を運ばせた。
約20年という歳月を取り戻すかのように。

「海外まで来て、日本展開されてるチェーンってどうなの?」

「まあ堅いことは抜きにして、ここに来た理由はそんなんじゃ
ないだろう?」

「それはそうだけど。この身体は治るのか?」

「何事に関しても言えることだが、100%の保証はない。
なぜソウマにもそれが伝搬したのか。発現理由。まずは
その根本的なところから紐解いていく必要がある。」

「それにはどうしたら?」

「ありきたりだが、身体検査からだな。日本じゃそこそこ名のある
バンドをやっているそうだな。その身の上じゃそれもままならなかったろう。ちっぽけなことであっちは騒ぎたてるからな。こう見えて俺は医者だ。
こっちでは精神科医と脳外科を兼任している。専門ではないが、他科も
診ることもできる。珈琲も冷めてきたところだ。院へ行こうか。」

「早く原因究明したいところだ。急ごう。」

父さんが呼んだタクシーに乗ると、そこから10分ほどで
着いた。そこは和名で森医院。どうやら開業医のようだ。
会計とは別にチップを渡していた。ここは日本じゃないんだな
と改めて感じた。
病院は割と大きく、父が院内を歩くと患者らしき人たちは
丁寧な挨拶と共に深く会釈をしていた。人望は厚いようだ。

「今日から入院してもらうことになる。必要な物があれば
その都度、伝えてくれ。すぐに手配しておく。」

「入院?医療費が持てるほど、持ち合わせがあるかどうか、、。」

「問題ない。父親らしいことひとつくらいさせてくれよ。ここは
俺の病院だ。お前は息子だろう。甘えなさい。
食事に関しても、ここはそれなりの物が出る。現地の人でも
満足して退院していってもらえてるよ。専属の調理師、管理栄養士、、。」

「わかった、わかったから、せっかくもらった言葉に甘えることに
するから。仕事もあるでしょ?この部屋好きに使わせてもらうよ。
あとひとつ、迷惑はかからないようにするから、キーボードが欲しい。」

「パソコンか?」

「いや、ピアノ。僕の職業しってるよね?」

「親父ギャグだよ。用意しておく。仕事に戻るから、なんかあれば
ここに連絡してくれ。」

そう言って父は病室をあとにした。
不思議な感覚だ。ここにきっと血の繋がりは関係ないんだろう。
男同士ってのは話せば分かる相手ならすぐに打ち解ける。
そして父の声には深みがあり、温かく、眠くなるようなどこか懐かしい
優しい音だった。
気がつけば、キースを吸いながら寝てしまっていた。
5Fの屋上は少し肌寒かったが、目が覚めると共になにか落ちる音が
背後に目をやると、紺色のダッフルコートがあった。
定番と言えばキャメルだろうに、僕の好みを投影したような
彩色だった。

キースをまた一本吸って、それを羽織って、その場所を後にした。
ここでもキースは手に入るのだろうか。
ぼんやりした脳は酸素がほどよく回っていて心地よかった。

瑠衣はなにしてるだろう。少し離れた空の下でも彼女のことを
考えていた。なにか、贈り物をしよう。

慣れない土地で
不確かな足取りは変わっていき、確かな音を鳴らしていた。

G、C#、G、C#、とそれを繰り返していた。

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