確かな理由#17


雲を越えた先、そのはるか先に待っている。
誰かじゃない僕を待っている。

会えなくてもよかった。
でも僕はなんの偶然かそのチケットを手にした。

このままだと、もう残された時間が少ない。
誰にでもそれはそうだ。時間は限られている。
永遠なんてない。
見えているか、見えていないか、それだけだ。

残してきた彼女や、メンバーには申し訳ない。
まだその気持ちがある。まだなんとか生きている。
僕はまだ生きている。

だから生きている今だけだ、こうできるのも。

死の恐怖を感じるのは、まだ生きてしていたい仕事が
あるからだ。
と誰かが言っていた気もする。

いつだってそうだ。今に全力を賭ける。
それこそが生きている意味だ。
そのせいなのかも知れないな。
こんな身体になったのも。でも諦めたわけじゃない。

可能性が1%でもあるならそこに賭ける。
叶えたい願いは思った時点で絶対に叶うはずだ。
死んだ者を生き返らせるわけじゃない。
生きている者を生き返らせる。
元ある姿に戻すんだ。誰かの手じゃなく、この手で。



それは突然やってきた。それがどうしても自然だとは思えない。

記憶が抜け落ちる。消えていく。
と思ったら復元する。

その間かどこかに、まるでその代わりだと言わんばかりに
知らない記憶が入り込んでくる。

でもその記憶は僕視点だ。

そうしてるうちにどれが本物なのか分からなくなる。

僕は幾度となく未来や過去か何とは解らぬ
知らない僕の記憶を音楽にした。

現在の僕のために。

現在の僕の記憶をそこから除外することで
僕は僕をなんとか保ってきた。

これは僕じゃない。僕じゃない。
そう言い聞かせながら。

限界は感じていた。

ずっと同じものを身につけて、
ずっと同じものを周りに置いて、
いつもの珈琲、いつもの煙草、
眠るときはいつも同じ音楽。

その症状が発現する前から、僕を包んでいたもの。

自分の身に起きた勝手な理由で誰かを傷つけてはいけない。

こんな話、誰にしたらいい。誰が分かってくれる。
調べた。尽くしたと言っていいほど調べた。

仕事も仕事だ、そうやすやすと病院など
頼って、方々に迷惑を掛けるわけにはいかない。

結果解ったことは時間に対して乏しく、
こんなことは普通の人間にあり得ない、起こり得ない。
それくらいのものだった。

でも打開策が欲しかった。
この記憶のパズルが入れ替えられる理由。
きっと何か理由があるはずだと。
全てを取り戻したい。

これ以上、混在する記憶を纏めることを
維持するのは難しい。

時折、今の僕は僕だろうかと自身に問いかける時がある。
もう危ないんだなと感じていた。

そして連絡がきたのは父だ。
会ったこともないし、会うこともない。
そう思っていた。

レコーディングが終わって数時間後、連絡がきた。
瑠衣の声を録った後。彼女は眠っていた。

知らない番号。国際電話。おそらくアメリカ。
それとなく出てみた。

「覚えてないと思う。今更だよな。想真、父さんだ。」

電話の主は開口一番そう言った。
フリーズすることもなかった。
信じられないことはこの身に起き続けている。
確かに今更だが、きっとこれはなんとなくの電話ではない。
そして父であることも間違いない。
通うものがそう言っているのか。なにかがそう言っていた。

「覚えていないけど、父さんか、どうした?」

と返した。

「身体はどうだ?悪いところはないか?」

と来た。
やはりか。この人は僕の身体の秘密を仕組みについて
なにか知っている。そう思った。

「悪いどころじゃない、一体この身体どうなってる?」

それはこういうことだった。

それは生まれた時から僕の一族が持つ、変った、特殊な

記憶障害だと。

詳しく知りたければ、アメリカにきてくれ。
電話では話す時間はあまりとれないから、来てくれと。

すぐにチケットをとり、自分で髪を切り染めた。

これが最初で最後の声になるかもしれないと、
瑠衣の声に僕の声を重ねメンバーに送った。
いや、終わりって訳ではなくて。
皆なら分かってくれる。ここまでは分からなくても
あの声を聴けば、それをどうするのが一番いいか、
二人ならわかるはず。余計な言葉は僕たちには要らない。
音でいつだって語り合ってきた。
何も言葉がないなら、あの音源を聴くしかない。
写真も同封した。
遺影なんてつもりじゃない。一種の記念撮影みたいなものだ。

これからも生が続くなら、離れているなら僕は掌にある
音源を送り続ける。

心羅、刻音、瑠衣、今はどうかこんな僕を許して欲しい。
言わずにいてごめん。いつか話せる気がする。

なんかわかるんだ。必ず僕は僕になれるって。
ちょうどアメリカに飛びたい理由もあった。

きっとここまでの全てが、皆でまたひとつに、

ちゃんとひとつになるためなんだって。


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