欲しかった音#15

彼らが売れた理由の大きなひとつに
ヴィジュアルが良かった。というのもあると思う。
三人とも着てるものはもちろん、顔が整っていた。
顔で売れてるよな。なんてぼやく男子高校生の言うことは
まあ、間違ってはいない。
でもそれだけでバンドサウンドは完全に認めて貰えるほど
甘くない。どこか大衆を巻き込むメッセージ性やサウンド
多分そういうのも彼らにはしっかり備わっていたんだと思う。

ちなみに私は音楽評論家でもなければ、
これをメディアなどで語っているわけではない。
心の中で語っている。

ソウマくんは最近よく、奥の部屋に籠る。
そんなときいつもぼんやり三人について考えている。

「ごめん、ごめん、ひとりにして。」

「大丈夫ですよ。ソウマくんの好きなことをしたいように
してください。どこにいたってソウマくんはソウマくんです。」

「よくわからないけど、ありがとう。」
と苦笑いされた。

なんだか、悲しい。

「瑠衣もどこにいても瑠衣ってことかな?」

「そうかもしれません。」

こんな何気ない会話をいつもしている。
そうしてるうちに暮れなずむ。
私はMoon Raver の残りお二人から監査役を命じられ
それに甘えてどれくらいか、ここでソウマくんと寝食を共にしている。

僕は野生のトラかなんかですか。
と二人に少し噛みついていたソウマくんはまあ子犬と言ったところだ。

子犬は奥のレコーディングブースへ行くと
野生の狼へと変わったりもする。

行く時間や滞在時間はまちまちで
でも寝ている時以外は仕事をしている感じだ。

激しい運動をしてきたようには見えないが
汗をかいて戻ってきて、着替えるか、シャワーを浴びる。

たまにパスタを作ってくれる。基本ぺペロンチーノベースで
具材は日ごとに変わるが、結構な確率で長ネギはスタメン入りしている。

その時、ワインも合わせて出してくれる。
最近は私もワインが好きになってきた。

彼の好きなものを好きになっていることは
気恥ずかしくも嬉しくもあった。

可愛い一面もある。

玄関には花。トイレにも花。キッチンにも、リビングにも、
レコーディングブースにまで花。

花をこよなく愛する人でもある。

ここに来てからは水やりは私が担当している。

それぞれの花はどれも愛らしく優しい。
花の名前はわからない。私が教養がないのか、
珍しい花なのか。


そんな日々の中。



「瑠衣、レコーディングしてみる?」

唐突な提案。

「私が?その名前私だし、ここには二人だけ、
え、でもなんで私がレコーディング?」

「いつも歌ってるだろ?」

「歌ってるかもしれません、でも。」

「未発表音源だしさ。やってみようよ。」

「そんな、コンビニ行こうよみたいな感覚で
レコーディングしようなんて言わないでください。」

「じゃあなんていったら、、」

「します!なんでするのか分からないけど、したいです!」

彼はボタンやレバーがたくさん配置されている方へ行き、
私は対面するような形で個室に入れられ、冷や汗をかいてきた。
彼の目つきがいつもと違う。帯びているオーラも違う気がする。

「瑠衣聴こえる?」

掛けられたヘッドフォン越しに声がする。

縦に頭を振った。

「まだ声出して大丈夫だよ。録ってないから。」

「素人ですいません。これからどうしたら、、、。」

「プロだったら困るよー、僕がご飯食べられなくなる。」
少し笑んでそう言う。

「声軽く出さなくて大丈夫?緊張してるよね?」

「大丈夫です。」

「僕が32ってカウントしていく、2を過ぎたあたりで
曲が流れだす。で0のところから集音が始まる。ん、
マイクが音を拾うようになるから、好きに歌ってみて。」

「はい、なんとなくですけど、わかりました。」

32ってカウントしていくって本当に32しかいわないじゃん!
思わず心の中で子供のように叫んでしまった。
心臓が高鳴る。遮音された空間で目の前にはプロ仕様ですと
言わんばかりのマイク。となんだろうこれは歌うときの勢いを
消すのかな?声だけ拾うためのような。その向こうには
ソウマくん。

音が止まった。

「どした?もう歌いだしだよ?曲知らないやつだった?」

「知ってるやつでした。ごめんなさい。ボーっとしてて。
言い訳です、すいません。」

「ごめん。悪いのは僕の方だよ。謝らないで。もう一回いってみる?」

「お願いします。」

またさっきと同じように曲が流れだす。
カラオケもまともにしたことないのに、なんでこんなことに。
でも歌わなくちゃ。



~もうみれないの~あんなにきれいな~
~やくそくをしたはずの~みらいはうつってない~

~もうあのこえはきこえない~いつかのあめにさらわれた~
~ひとりきりのへやに~のこされたあまいかおり~

~まよいがどこかできみをきずつけて~
~ないてもないてもかえってこない~

~わらっててね~きこえた~
~もういかなくちゃ~

~さよならまたねと~さいごのメール~
~はなしたそのて~にどと~とどかない~
~さいごのこいだと~しんじあいしてた~
~とざしたひとみの~おくに~


曲が止まった。
ダメだった?ちゃんと歌ったことないもんね。
相手はプロ。
私なんてね。
この音源はどうすることもないだろうし。
彼女いないのに、こんな詩描けてすごいなあ。
想像力が人とは違うんだね。悲しい歌詞をロックな音に
のせて。悲しくならないようになのかな。
私には音楽の作り方なんてわからない。
歌ったこの声がどうなのかも、でもまあ
ダメだから止まったんだよね。

彼の声が聞こえてこない。

ガラスの向こう側、彼は下を向いていた。

「すいませーん。聞こえますかー?
あのー、ソウマくん?あれ、、?」

ブースからでて、ガラスの向こう側へ行く。
彼はただただ、泣いていた。

どうしていいかわからず静観していた。

彼はそのままチェアーの右手側に立てかけられた
ギターを手に取り、上から一本ずつ鳴らしていった。
一番下の弦だけ、音がでてないようだった。
彼は原因がすぐに分かったようで直そうとすると

パーーンっとその弦は音を鳴らし、切れた。

「なんでだよ、なんで、こういうとき、いつも、、」
「あたらしい歌がここにあるのに、。」

小さくそう、呟いている。

「ソウマくん、あの、私、戻ってますね?邪魔だと思うので
なにか、あったら、呼んでください。」

「瑠衣まで、、」

「え、、、。。?」

「瑠衣までひとりにすんの?」

「瑠衣まで?他に誰がひとりにしたんですか?」

「みんなだよ。みんないなくなった。誰も彼も。
いままさに、ギターでさえも。」

「どうしたんですか?ソウマくんにはたくさんの
仲間がいるじゃないですか。スタッフさんも
ファンの方も、いわずもがな、メンバーも。」

「近づいてきて隣にある音と、欲しくなって隣にある音はちがうよ。」

「そうですね。私は?」

「一緒にいたくて居る人、欲しくなって、隣に居てくれる音。」

「じゃあその音は今はここにいたほうがいいんですね?」

「お願いだからいて。」


彼の首に掛けられたヘッドフォンからさっきの
曲がループで漏れていた。


次の日のことだった。
ソウマくんが消えた。

なんの言葉も、置き手紙も
残さずに。


音は残酷だ。影も形も見えない。
でもそこにまるでいるかのように
耳について離れない。




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