独りでは何もできない#20

ひとりで出来ること。考えられること。
それにはやっぱり限界があった。
雨の中を傘も差さずにそのまま海に潜っていくような日々。

ここにいたら、もしかしたらひょっこり戻ってきて
またあの笑顔で私の名前を呼んでくれる気がして。

彼のバンドメンバーに声をかけた。
もう考え尽くしてその策の中に溺れていた。
助けてほしかった。

「もしもし、瑠衣ちゃん?珍しいね、いや掛けてくるの
初めてか。なんかあった?」

「その、あの、ソウマくんが居なくなっちゃいました。」

「喧嘩でもした?なにか理由は思いつく?」

「それが全くなんです。皆目、検討がつかなくて、
もう居なくなってから3日くらい経ちます。
レコーディングルームも荒れてて。
なにか音楽に関係することとか、急ぎの用事なんだって
ことくらいしか、思い当たるような節がなくて。」

「で、俺にエマージェンシーコールってことか。
瑠衣ちゃんにはソウマ話してから行ったのかと思ってたけど
俺たちのところにも一応連絡はきてたんだ。
だけど、その連絡ってのが内容という内容もなくて。
こんなこと言いたくないけど、まるで最期みたいなんだ。」

「どんな内容なんですか?今どこに?」

「音源と写真、それに辞表。そして今どこにいるのかも
分からないんだ。」

「すっと一緒にやってきたんでしょ?仲間なんでしょ?
音で語り合ってきたんでしょ?最期なんて簡単に言わないでよ。
シンラさんそんな簡単に諦められるの?私は絶対に見つける。
言いたいことが聞きたいことが、伝えなくちゃいけないことがある。」

「瑠衣ちゃん落ち着いて。俺たちだって諦めてなんかいない。
生半可な気持ちでソウマとここまでやってきたわけじゃない。
男ってのは不器用な生き物で、本当に大切なひとのこと
そんな簡単に抱きしめられたり、心配掛けるような事とか
話せないんだよ。なんでもない話ならいくらでもするくせに
そういう時は黙って独りで行動したりするんだ。
そして俺は言い切れる。ソウマは必ず帰ってくる。絶対にだ。」

「全然分かんないよ。理解したくない。ソウマくん、いつも
消えそうだった。一緒にいるのに何を考えてるのか解らなかった。
絶対なんて、絶対言い切れないよ。根拠もどこにもない。
でも、待ってるだけなんて絶対に嫌だ。ソウマくんの迷惑になるなら
探したりしない。でもこのままは嫌だ。」

「待ってて、トキオに代わるから。」

「はじめまして瑠衣さん、トキオです。なにかアクションを
起こしたいんですよね?それも俺たちは同じ気持ちです。
そして論より証拠、ここにひとつ、いやもっと出来ることが
あります。ただそれには、どうしても瑠衣さんの力が絶対不可欠です。」

「私に出来ることなら、なんでもします。どうしたらいいですか、、?」

「ソウマが送ってきた音源です。それに瑠衣さんの歌声が入ってました。
ソウマはこう言いたいんだと思います。
自分の代わりに瑠衣さんにその席に座って欲しいと。
あいつは活動休止の際に俺にこう言いました。
天使の歌声だった。僕はこの子のためだけに奏でたいって。
当然、悪い意味じゃなく公表は出来なかったです。
それが直接的な休止の理由です。
だから今日からMoon Raver のメンバーになってくれませんか?
きっと離れてるいまのソウマの想いはそこにあると思います。」

「そうだったんですね。天使の歌声なのかは
わかりません。でも、歌います。
こんな私でも力になれるなら。ソウマくんを
想って歌います。どこかにきっといるって
信じて。」

「よかった。俺たちも歌声聴いて驚いたよ。
こんな声は聴いたことがない。じゃあ
下北沢にplease noiseっていうスタジオがある。そこに来てくれないか?」

「わかりました!すぐにいきます!」

走った。

この心臓の高鳴りは新しいことへの
挑戦によるものなのか、ソウマくんへの
想いによるものか、生まれて初めての
全力疾走によるものか、いや、
きっとどれもが私を突き動かしている。

走るな なんて言葉は聞き飽きた。
じゃあこの足はなんのためにあるんだ。
いつも思っていた。

きっといま、この瞬間のために
私は足を使わずにいた。

肺が悲鳴をあげている。
もう呼吸もうまくできない。
アスファルトの上で なにもない場所で
躓いて、転んだ。
痛かった。でもそんなのどうでもいい。
ソウマくんの悲鳴に気づけなかった。
一人で何かを抱えていた。
みんなにも話すことのできない何かを。
そして行き先は私の読みだと海外だ。
女の勘じゃないけど、海外に送っていた
データのことを考えると
一人個人でただの経由するだけの
サーバーを押さえているとは考えにくい。
おそらく海外に知り合いや同業者が
多くいる。
ただどこにいるのか。
そこまではわからない。

走り続けて
やっと着いた。

もう酸欠で倒れるんじゃないかと
思うくらい走った。

なんかタクシーとかは
邪推な気がして使わなかった。

二人は先に待っていてくれた。

「どうした?そんなに青ざめた顔して、
もしかしてこの距離走ってきたのか?」

「、、、は、はい、。」

「何してんだよ身体弱いんだろ?」

「生まれてきてから一度も走ったことがなくて、
一回くらい、走ってみたかったんです。」

「俺ら急かしてたように聞こえたか、
ごめんな。」

「違います。どうしてか身体が勝手に
走り出して。」

「瑠衣ちゃん、恋してんだな。あいつは
世界で一番幸せなやつだよ。
こんな子に好きになってもらえて。」

「恋ですか?この際です、もういい、
否定しません。だけど
私たちが音楽をやったところで
ソウマくん気づくのでしょうか?
私の予想だとおそらく海外にいます。」

「なるほどねー、そういうときの
女の勘ってのは恐いくらい当たるからな。
まあ俺たちも同じでさ、オカルトじゃないけど
こっちにはソウマの気配がしないんだよな。
でも大丈夫だ、海外まで轟かせる方法はある。」

「インターネットとかで配信ですか?」

「それもありかもしれない。
でもそうじゃなくて、海外でライブをするんだ。」

「日本語の歌詞で?」

「いや、英語の歌詞だ。こう見えても俺、
音楽以外で
英語だけはなぜか得意だったんだ。発音もいいってよく誉められてて、外国人に話しかけられたりしたら、まあそれなりに話せる程度ではある。
だから描くんだよ。これから。
瑠衣ちゃんは英語はどう?」

「正直に話すと、私、海外の大学出てるんです。
飛び級して、中学生くらいの時には。
だから、英語はネイティブに近いと思います。」

「おい、俺恥ずかしくない?いま、
めっちゃかっこわるくない?うわー
もうだめだ。こんなんじゃ嫁にいけないよー。」

「シンラ、最後の台詞が、もう、うん、
言葉にならない。」

真顔でトキオさんが言う。

三人で笑った。
笑うのもきっとみんな久しぶり
だったと思う。

そこから音合わせの日々が
始まった。
三人とも真剣だった。
みんなの願いはひとつ。

ソウマくんに届くようにと。

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