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命とお金とおじいちゃん

私は65歳以上の高齢者(親しみを持っておじいちゃんたちと普段は言ってる)と仕事をしている。

同じ事務所で働いているわけではないが、現場におじいちゃんたちがいて、私は自宅や事務所から指示を出して動いてもらっている。

指導する立場にいるので部下に近いのかもしれないが、まだまだ新米の私にとってはビジネスパートナーのような存在だ。


そんないつもと変わらないある日、1本の電話が鳴った。

いつも優しい声のおじいちゃんが、その日は何故だか怒ったような、少し厳しい声だった。

「あたし何かしたかな・・・」

心が曇りかけた時、電話の向こう側でおじいちゃんが言った。

「急で申し訳ない。5/6で辞めることになりました。職場環境も良いし本当に辞めたくないんだけど、コロナの感染が怖いからって家族に止められてね。仕事辞めてほしいって言われたんだよ。

私は一瞬、返す言葉を失った。

めちゃくちゃ優秀で、人当たりも良くて、私が辛い時によく現場に行っては話を聞いてもらっていたおじいちゃん。

元々大阪出身で中学入学と同時に上京した私は、親戚が近くにおらず、なかなか会えない環境で育った。

だからこそ、仕事の延長線上とはいえ、いろんな話ができる”おじいちゃん”の存在に何度も救われた。

今思うと、電話の時の声のトーンがいつもと違ったのは、おじいちゃんも仕事を辞めるのが辛かったのだと思う。

彼なりに覚悟をして電話を掛けてくれたのだと思う。


おじいちゃんたちは定年退職後、今の現場で生計維持のために働いたり、健康維持の目的で働いたりしている。

今回辞めてしまうおじいちゃんは完全に後者。

日頃の会話から、お金にはさほど困っていないことは知っていた。

だから、この状況下でご家族が仕事を辞めてほしいと言うのも納得だし、きっと正しい選択に違いない。

言葉にできない複雑な心境を、私はそう思い込むことでかき消すことしかできなかった。


◇  ◇  ◇

今日は、おじいちゃんの最終出勤日。

眠い目をこすりながら、朝早く現場に会いに行った(がっつり休日出勤なのはさておき)。

コロナがいつ収束するかわかっていれば、辞めなくて済んだかもしれないおじいちゃん。

絶対電話くださいね、って今日だけで何度言ったかわからない。

会いに行けて良かった。
今までの感謝の気持ちを直接言えて良かった。

生きて会えること。

今はそれが一番幸せだもの。


(実話なのに所々小説のっぽい口調で書いてしまった。ごめんなさい)

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