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どこかの世界のヒロインに憧れて。

はじめまして。

本当にいきなりですが、自己紹介を兼ねて、大学時代に発行していたスポーツ新聞を通して、私が初めて公に向けて書いた記事を載せてみます。

スポーツ新聞なので、新聞自体は体育会の戦績ネタがほとんどなのですが、朝日新聞でいう「天声人語」のようなコラム欄が、私たちが発行していた新聞にもありました。

このコラム、4年ぶりくらいに自分で読み返してみて、自己紹介としてこの記事を載せたいな、って思ったんです。

その理由は以下2つ。

1つ目は、今の自己形成にスポーツ新聞部での経験がものすごく影響を与えていると思ったこと。

2つ目は、自分含め、SHEに通う人たちにめちゃくちゃ読んでほしいなって思ったこと。

「夢は叶えるためにある」。
 そうとは分かっていてもなかなか一歩が踏み出せない。どんなにその思いが強かったとしても、行動に移さなければ意味がない。それ相応の努力をしてこそ、夢は実現できる。
 ふと胸に淡い記憶がよみがえる。
 私は幼い頃からテレビドラマが大好きだ。夢のあるストーリーに憧れを抱いてきた。もちろん今でもドラマ好きな自分は変わらない。だが、一つだけ変わったことがある。ハッピーエンドの物語を期待しなくなったことだ。
 現実味を帯びたドラマの終わり方に安心感を覚えるのはなぜだろう。それは年を重ねるうちに受け入れられるようになったからかもしれない。現実は理想ほど上手くはいかないと。
 ところがこの部活に入り、もう一度あの頃のようにドラマの世界を信じたくなるときがあった。
 ある日の取材先でのこと。毎年負け続けていた強豪校との一戦だ。両者譲らず、1点ビハインドで迎えた最終セット。同点に追いついたもののあと1点が取れず、またしても勝利はお預けかと思われた。しかし、ラスト30秒で逆転ゴール。
「決めた瞬間泣きました」。歓喜の涙でぐしゃくじゃになった選手の顔がすべてを物語っていた。
 この2年間、さまざまな選手を間近で見てきた。そんな今なら確信を持って言える。夢を追いかけ努力し続ければ、ドラマチックな世界は誰でも作り出せる、と。
 どんなに小さな一歩でもいい。勇気を持って前に踏み出せば、きっと新たな景色が広がっている。
 私もいつの日かそんな世界のヒロインになれるだろうか。 


◇ ◇ ◇

余談ですが、この当時のこと少し振り返ります。
(今まで自分のことについて改めて書いたことがない人の参考になるかなと思うので)

当時大学3年生、21歳だった私は、

「私もいつの日かそんな世界のヒロインになれるだろうか。」

という最後の言葉選びにめちゃくちゃこだわっていました。

当時、back numberの『ヒロイン』という曲が流行っていたことと、ドラマを観るたびに感じていた何かにおいて主人公になりたいという今まで言葉にできなかった気持ち。

この2つが合わさって、この言葉になりました。


あと、この記事書くときに1番辛かったことって何だっただろう、って考えたら、自分と向き合うことが辛かったなって思います。

こういうコラムって誰でも書けることじゃ意味がなくて、自分にしか書けないものを書かなきゃいけないというプレッシャー。

正解が自分のなかにしかないから、誰にも頼れないし、めちゃくちゃしんどかった。

でも最近、朝ドラ『エール』で、歌詞を書くことに苦戦していた音の妹・梅に裕一が言った言葉を聞いて、私の見解はもしかしたら間違ってたのかも、と思うことがありました。

「何かを作るにはきっかけやつながりが必要。自分のなかから出そうとせずに、外に目を向けてみればいいんじゃないかな。」(意訳)

すべてのクリエイターに響く、天才的な言葉だなって思いました。

こうやって、私はいつだって、ドラマの世界から生き抜く知恵や活力をもらっています。

◇ ◇ ◇

最後になりましたが、このnoteを書いて思ったこと。

私は4年前から変わっていない。

でもこれは、決して悪い意味ではなくて(少なくとも自分はそう思ってる)

「いつか、どこかの世界のヒロインになれる日が来るかも」というワクワクした気持ちが4年経った今も持てているということ。

だからこそ、毎日楽しく生きていけてるなって思いました。


今書き溜めていることがいっぱいあるので、今日から少しずつ発信していきたいな、と思っています。

これからも、ゆるーく読んでいただけたら嬉しいです。

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