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#16 介護職員に捧げるおカネの話

この記事のターゲットではない人

「私は介護の仕事が大好きで、むしろお金を払ってでも介護の仕事に携わっていたいくらいなのに、介護をしながらお給料ももらえるなんて幸せすぎてヤバイ。」

という人には向かない記事なので、そういう人はこの文章を読むより他のことに時間を使ったほうがよいと思います。目次から「最後に」という部分だけ読んで去ってください。なんぶん長文なので…。※7091字あります。

そうでない人。特に、経済的な裕福もある程度求めたいという人には、有益な視点を得られるかもしれません。

経営者は高い給与を支払いたいと思っている

まず自分もそうでしたが、現場職員として働いていると、給料というのは自分でコントロールできるものではないので、自分が頑張ってどうこうなるものではない、という意識があるかもしれませんが、意外とそうでもありません。

自分が経営者になってから分かりましたが、経営者は、社員がちゃんと稼いでくれたらその分の対価(給料)をちゃんと払ってあげたいし、逆に、“ない袖は振れない”とも思ってます。

無尽蔵にお金があるなら、たくさん給与を支払いたいんですが、お金は有限なので、限られたお金という資源を誰にどう分配すればいいのかに非常に悩みます。

そりゃあ経営者だって社員に高い給与を支払って、「ウチの会社は給与いいよ!」と満足している社員をみると鼻が高いわけです。そうなりたいと思っています。しかし、ない袖は振れません。

つまり、今よりもお金を稼いでくれたら給料を上げられるし、稼ぐことができないならお金で報いることはできない、というごく単純なことなんです。

ここで大事なことは、自分の働きぶりがお金の面で貢献しているかどうかは、お金の流れや使い道の全体像を理解していないとホントのところは分からない、ということです。

人件費=口座振込額ではない

例えば、口座に振り込まれる差引支給額(手取り額)しか興味がなく、給与明細を見たこともないという人は、自分という人間に会社がいくらお金を使っているのかを知らないということです。

例えば、職員一人を雇用するために、まず採用費がかかります(かからない場合もあります)。雇用手続きをするためには、人手と時間が必要です。そこには社労士さんへの顧問料や事務部門の人件費などのお金が実際にかかっています。

そして給与費は、口座に振り込まれる差引支給額ではなく、総支給額が会社から出ていきます。社会保険料や税金などを給与から天引きしますが、それは本人に代わって会社が取りまとめて支払っています。天引きしたものが会社に残るわけではありません。

人件費の中に法定福利費というものがありますが、自分の給料から20,000円の社会保険料が引かれているとしたら、会社はそれとほぼ同額を、給与から差し引いたものとは別に、国の機関へ支払っています。この負担はかなり大きいです。なので、経営者は社会保険料のかからない月120時間以下のパートを採用したがります。

ここで言いたいのは、人件費ひとつとってみても、職員の給料以外にも、意外とお金がかかっているということです。

会社から出ていくお金

では、会社はどんなことにお金を使っているのかを見ていきます。

これは損益計算書の費用項目を見れば主要なものは分かりますが、一般のスタッフが自社の財務諸表を目にする機会はあまりないと思うので、列挙します。(社会福祉法人やNPO法人でもほぼ同じです)

役員報酬
給与
賞与
法定福利費
福利厚生費
採用費
業務委託料
荷造運賃
広告宣伝費
旅費交通費
通信費
水道光熱費
修繕費
備品消耗品費
車両費
賃借料
地代家賃
保険料
租税公課
支払手数料
支払報酬
会議費
新聞図書費
給食費
諸会費
減価償却費
雑費

ここまでが、事業そのものにかかる費用です。
これらを支払い、残ったお金で、借金の利息を支払います。そして、普段はかからないけど臨時的にかかってしまった費用などを引いて、残ったものを税引前当期純利益を言います。

ここからさらに税金を支払います。最後に残ったのが、税引後当期純利益というものです。これがそのまま手元に残るわけではなく、ここからさらに借金の元金を支払います。そして最後に残ったのが手元に残るキャッシュ(現金)となります。

ちなみにこのキャッシュですが、一般的には売上2か月分のキャッシュを持っておくのが安全だと言われています。

人件費とそれ以外にかかるお金

介護事業所の人件費率は、サービスによって違いはあるものの、だいたい50%から高いところでは70%というところもあります。これは、人件費を売上で割った比率です。人件費が同じ額でも、売上が下がると人件費率は上昇します。人件費は50%~60%の間に収めるのが適正値でしょう。

人件費率が60%だとすると、100万売り上げたうちの60万が人件費としてかかってきます。人件費は給与費・賞与・法定福利費・福利厚生費を足した額です。このうち職員の手元に渡るのは、給与費と賞与のうち差引支給額のみです。

残った40万円で、他の全ての費用を支払い、税金と借金を支払い、かつ利益を残さなければなりません。キャッシュが手元に残るようにしなければなりません。会社はキャッシュがなくなると即座に倒産してしまうからです。

人件費以外にもけっこうお金がかかります。車を使うには、車を買うか借りるかし、実際に走らせるには燃料代や維持費、自動車税(これは租税公課という科目で計上される)などにお金が必要です。

建物を建てれば建築費(減価償却費)が、借りれば家賃や発生します。土地も同様です(地代家賃)。

事業に必要なソフトウェアやパソコン、タブレット、スマホ/携帯電話などにかかる費用も決して安くはなく、電話代やインターネットにかかる費用もあります(通信費、消耗品費)。

業務での移動が必要になれば、交通費や宿泊費(旅費交通費)などがかかり、研修をすれば講師料や参加費(教育研修費)などがかかります。

集客のために広告をしてもお金がかかるし(広告宣伝費)、求人媒体に求人広告を載せても金がかかります(採用費)。

業界団体に入っていれば年会費(諸会費)がかかります。場所を借りて会議をすれば会議費がかかるし、勤務時間外に会議をすれば時間外手当(給与費)も発生します。

指定基準を満たすうえで必要な損害賠償保険にも入りますし、自動車保険や事業に関わる保険料なども馬鹿になりません。

売上や費用、税金の計算は会計事務所に、労務関係は社会保険労務士事務所を頼ります。ここにも顧問料として毎月お金がかかってきます(支払報酬)。

現金がなくなると会社は潰れる

ここまであげた費用を、給与を支払った残りでまかないつつ、最終的にキャッシュが手元に残るようにしなければ、会社は潰れてしまいます。

黒字倒産という言葉をきいたことがあるでしょうか?
利益が出ているのに、現金がなくなって倒産してしまうことを黒字倒産と言います。

逆に、赤字続きでも現金さえ枯渇しなければ、会社は存続します。

会社に現金を残していくこと。
これは経営の最重要課題です。

企業は継続することが前提にある

どうやって手元にキャッシュを残すか?
長期的に継続してキャッシュを残していくには、2つの方法しかありません。

1.売上を増やす
2.費用を減らす

企業を持続させていこうと思えば、この2つしかありません。寄付で成り立つ非営利団体などもありますが、あれは寄付が売上です。投資家がお金を出資したりもしますが、あれも将来的には利益を出して、自分が出資した以上のお金が戻ってくることを期待しています。ちなみに、借金の返済は費用ではありません。お金を100万借りてきて、今月は100万円売り上げたぞーと言わないのと同じです。

会社には、ゴーイングコンサーンという会計上重要な前提があります。これは、企業は永遠に存続するという前提に立つという考え方です。

会社はいつかなくなるもの、ではよくないのです。
会計処理上の都合もありますが、ゴーイングコンサーンという前提で最も大事なことは、納税という役割を果たし続けることです。

会社は利益を出し、税金を納める。そのお金を国が再配分し、国民全体にお金が回るようにしているのです。部分的にはよくない再配分や問題などもあるとは思いますが、ほとんどの税金はまっとうに使われていると思います。

会社というのは、お金を借りたり出資してもらって資金を調達し、人を雇用し、設備を整え、個人や企業などの顧客にサービスを提供してお金をもらい、それを自社の取引先や社員に支払い、納税し、社会にお金を回すという役割(つまり経済活動)があるのです。

また、こんな小難しいことを考えなくても、継続することの意義は語れます。よいケア、よいサービスをしたい(受けたい)という人はいても、それを期間限定がいい、ずっといいサービスなんて嫌だという人はいないでしょう。ずっとがいいですよね。つまり継続していくことがいいということです。そして継続するためには、お金の流れを途切れさせてはいけません。

このような会社の仕組みや収益と費用の構造を理解せず、会社の事情はそっちのけで給料を上げてくれと言われたり、お金のかかる提案ばかりされることを、経営者は嫌います。

会社は打ち出の小槌ではありません。

売上には触れず、費用は増やせと言っているのと同じなので当然です。だって、会社を倒産に向かわせているようなものですから…。

会社のお金というのは、究極的にはより大きなお金を生み出すために使うものです。100円使ったら回りまわって110円返ってくるようなことにお金を使うのです。

逆にこのような社会の仕組みを理解している職員がいたら、それだけで重宝されるでしょう。

だいたいのお金の流れは、簡単に計算できる

では、このような構造と仕組みを理解した上で、現場職員は何ができるのでしょう?

目標は、会社の利益を増やし、それを自分たちにしっかりと分配してもらうことです。

売上-費用=利益、です。

費用を増やさずに売上を上げることができたら、利益は増します。その増加分の半分を、成果報酬として分けてもらう。これは会社と職員双方にとってよいことです。(※最後に余談あり)

もしくは、売上は上がらなかったけど、(人件費以外の)費用を下げることができた。そのコストカットできた分の半分を、成果報酬として分けてもらう。これも会社と職員双方にとってよいことです。

売上をあげて、さらにコストカットまでできた。これはもう言うことなしです。

この視点を持てば、売上はいったいいくらなのか、費用はどのくらいかかっているのか、利益が出るためにいったいいくらの売上が必要なのか、といったことを知りたくなると思います。財務諸表を見せてくれと言われれば経営者も警戒するかもしれませんが、ざっくりとした数字くらいなら全然教えてもらえるでしょう。

概算であれば計算することもできます。

売上と費用をざっくり計算してみる

1人の利用者さんが1回利用したら、会社にいくらお金が入るのか。これは簡単に計算できます。介護事業の場合、売上計算は簡単なんです。だって国が決めた価格だし、色んなところで単位数が公開されてますから。

例えばデイサービスなら、自社の事業所を利用している方の平均要介護度と月間の延べ利用回数(利用者数×平均利用回数)を掛ければざっくりと売上が出せます。

利用者さんが1回通所利用して1万円、1日に10人の利用者さんがいる、月に26日営業している、と仮定すると、月の売上は260万円です。簡単ですよね。実際は利用定員や営業時間などで単価に違いがあるので、調べるのがちょっと面倒ですが、計算自体は小学生でも解けるレベルです。

自分の給与明細を見て、総支給額に1.15を掛けた額が自分1人にかかっている人件費だと仮定します。そこに社員数を掛ければ総人件費も概算できます。人によって給与に差はあるでしょうが、大企業や外資系のように何倍、何十倍と違うなんてことはありませんので、概算でも実績値と大きく外しはしないでしょう。

管理者や役職者の給与が高いといっても、たかだが数%の違いしかありません。そんなに高額な給与を出せるほど介護報酬は高くないのです。

安全な人件費率が60%だとしたら、総人件費を0.6で割りましょう。そうすると、安全な売上額が出ます。自分で概算した売上がこれを下回っていると、昇給は難しいです。すでに会社は悲鳴を上げているかもしれません。人件費が高すぎるか、売上が低すぎるかのどちらかです。

もし上回っていたとしたら、チャンスがあるかもしれません。もっと売上をあげるか、コストカットできる部分がないか探すことで、利益貢献できる可能性があります。

売上を上げるとはつまり、利用者数を増やすか、利用回数を増やすことです(もしくは両方)。介護度を上げるという方法もありますが、それは利用者さんの状態を悪化させるということなので倫理的にNGだし、そもそも事業の目的に反していますのでダメです。

冒頭にも書きましたが、金銭的な利益に貢献する頑張りでなければ、お金で報いることはできません。

利益に繋がらないが、良い行動というのもあります。そしてそういうものが長期的には利益に繋がったりもします。しかしそういう頑張りには、短期的には、表彰するとか、褒めるとか、権限を与えるとか、希望の部署に異動させるとか、お金のかからないことで報いることしかできないのです。

現場職員ができる、利益貢献

売上を上げるというのは、利用者さんや家族、ケアマネジャーから選ばれるということです。そして、現場職員をみて事業所を選ぶことはけっこうあります。あの人がいるからあの事業所は安心だ、とかがあるのです。

よいサービスをしていても、それを知ってもらわなければ、選択肢に入ることすらできません。

よいケア、よいサービスを行い、それを情報発信することが大事です。人に会って話す、SNSで発信する、紹介元に行って営業するなど、情報発信の方法はいくらでもあります。

そもそもよいケアができていないのであれば、それを改善することが大事です。ウチのケアはよくないよね、と嘆いているだけでは何も変わりませんし。

また、現場職員だからこそ気づくことができる、無駄な費用というのもあるかもしれません。もっと効率的に動くことで、質を落とすことなく少ない人数でこなせるようにするとか、消耗品を節約するとかです。

とある施設では、現場職員がコストカットに取り組んだ結果、年間1,000万円の費用削減に成功したという事例もあるそうです。

さすがに1,000万円の費用削減は稀有な事例として、現場職員ができる利益貢献というのは直接的ではなく間接的な部分が多くなります。だって利用者さんとの関りが本分ですから。

しかし、売上や利益と無関係ではないのです。
現場職員のよい行動は、利益に繋がります。

社長が悪い、上司が悪い、スタッフの〇〇さんが悪い、そもそも国の制度がおかしいよね、、、。こんなことを言っていても、改善に向けて実際に行動を起こさなければ何も変わらないのです。

売上や利益が少ないのは、経営者の戦略がまずいといったことももちろんあると思います。しかし、戦略がよくても実行がうまくできてないと戦略も絵に描いた餅になります。そして、実行を担っているのは現場で働く人たちです。

7つの習慣というベストセラーの中に、「主体的である」という習慣が1番目の大事な習慣として書かれています。主体的であるとは、自分の力でコントロールできないものを嘆くのではなく、自分で変えられることに注目し、自ら動くということです。

最後に

冒頭で、この記事のターゲットの話をしましたが、実際ここに書いたことはあらゆる現場職員が考えるべきことだと思っています。

というのも、企業に雇用されて給与を受け取っている以上、全ての現場職員はビジネスパーソンでもあるからです。ビジネスとは、商品やサービスを提供して、お金という対価を得ることです。介護の仕事もまさにこの構造になっています。

ひとりの社会人として、自分の業務のことしか分からないか、ビジネスの仕組みもちゃんと理解しているかでは、考え方や行動が違ってくると思うのです。

どんな人でも、自分の力で変えられることが、必ず存在します。始めはなんの影響を及ぼさないような小さなことだったり、失敗することもありますが、改善という行動を続けていれば結果がついてきます。

1年前の自分、5年前の自分、10年前の自分を思い返してみましょう。
何が変わりましたか?どこが成長しましたか?

以前の自分より、何かが分かるようになったり、できなかったことができるようになったりしていますか?

たぶん全ての人が何かしら成長していると思います。

この記事を読んだ誰かが、より大きなチャレンジをしてみて、よい結果報告をしてくれることを期待しています。

注釈

※弊社では、一定水準の稼働率を超えたり(デイ)、訪問時間数を超えたり(訪看)すると、超えた分に連動して手当が支払われる仕組みを採用しています。利用者数増によって仕事が増えると、給料も増えるという仕組みです。しかし、稼働が落ちると手当もでないので、恒常的に手当が出る状態に慣れてしまうと、利用者さんが減った時に手当が出ずに実質減給のような状態になって逆に不満を生んでしまうこともあります。このへんの設計はけっこう難しいです。なんかいい方法ないかな…。

介護サービスの会社を経営しながら、経営学を学ぶため大学院に通っています。起業前の13年間は特養で働いていました。介護現場と経営と経営学、時々雑感を書いています。記事は無料ですがサポートは大歓迎です(^^)/