メメント・モリ

「ここは俺に任せて先に逃げろっ…!」

パーティの中で一番体力のあるライアスが魔物の群れの前に立ちふさがる。
「でも、お前を置いて逃げられないよ!」
「いいから早く逃げろ!俺ならこいつらを倒してからすぐに追っかけるからよ!」
ライアスは俺たちのほうを向いてニカッと笑った。ライアスのいつもの笑顔。死への恐怖はすこしも感じさせなかった。
「このライアス一世一代の大勝負!さぁ、どこからでもかかって来やがれ!まかり間違っても、あいつらに手出しはさせねえぞ!!!」

ちくしょう、いったい何でこんなことになってしまったんだ。
俺たちは平和な世界で暮らしていただけだったのに。

風に乗って聞こえていたライアスの雄たけびは、いつの間にか聞こえなくなっていた。

どれくらいの時間が経っただろうか。一日中走っていたつもりだが、ほんの数分だったような気もする。
俺たちのすぐ後ろまで、新たな追手の魔物たちが迫っていた。
「どうやらここまでのようね。」
隣を走っていたサマンサが息も絶え絶えにつぶやく。
「そんなこと言うな!絶対に生き残ってもとの暮らしに戻るって誓っただろ。」
すっかり弱気になってしまっているサマンサを叱咤する。
「ううん、わたし、もう走れないもの…。あなたの邪魔にはなりたくないの。」
サマンサはかすかに微笑む。悲壮感をたたえながらも美しい笑顔だ。俺の大好きな笑顔。
「そんなこと…言うな…俺がっ…」
俺はもう半分泣いている。言葉がうまくつなげない。
「さあ、逃げて。でもね、この魔物だけは!私が命に代えてでも守るから…!!!」
刹那、サマンサの体が蒼い炎に包まれる。あれは、生命力を代償に魔力を極限まで高める魔法の里の奥義だ。
「でも———」
「行って!」
言いかけた俺をサマンサが制止する。
「この奥義を使ったからには私はもう無事ではいられない。私の命を無駄にしたくないのなら、逃げて!!!」
サマンサは気を練り始めている。あまりにも高濃度な魔力のためサマンサを中心にすこし歪んで見えた。
もしかすると涙で歪んで見えただけかもしれないが。
「ちくしょおっ!!!」
俺は脱兎のごとく駆け出す。あいつの言うとおりだ。ライアスの分も含め、みんなの命を無駄にはできない。
「ありがとうサマンサ!ありがとうっ…!!!」

「やれやれ。やっと行ったか。弱虫なんだから早く逃げればいいのにね。」
サマンサはひとりごちる。
「大好きだよ。結局、最後まで言えなかったね———さ、魔物たち、覚悟っ!」

俺の後ろで爆ぜるサマンサの魔力が夜空を青く染めた。

もう少しで街へたどり着く、これで助かるというところで隠れていた魔物たちに囲まれてしまった。
もう戦う気力もない。俺はその場にへたり込んだ。もういいや。これでライアスとサマンサのところにいける。

狼型の魔物の牙が俺の喉笛を食いちぎろうという刹那、魔物と俺の間に人影が割り込んできた。
「あにきっ!」
この声には聞き覚えがある。昔立ち寄った村が貧困にあえいでいたため、やせた土地でも育ちやすい農作物の苗を植え、
灌漑を行い食糧危機を救ったことがある。その村で俺にやたらなついてくれていた男の子の声だ。
思わぬ闖入者に面食らっていた魔物であったが、すぐに気を取り直し男の子を襲わんとこちらを伺っている。
「逃げてください!村を救ってもらったとき、命に代えても恩返しするって言いましたよね!間に合ってよかった!さあ早く!」
男の子の手には小さなナイフが握られている。そのナイフが小刻みに震えているのを俺は見逃さなかった。
いくら弱虫といわれる俺でも、こんな年下の子を置いて逃げるわけにはいかない。怖くて怖くてたまらないが、戦わなくてはいけないときが人生にはある。
「君こそ逃げてぇ!ここはお、俺が。おれがぁ」
ほとんど使ったことのなかった剣を抜く。剣も声も震えている。ほほを涙が伝っている。ああ、弱虫は最期まで治らなかったな。
先手を切って魔物に切りかかるが軽くよけられる。腰の入っていない太刀筋では当たり前だ。
魔物の牙が眼前に迫る。もうよけられない。このままなすすべもなく、魔物の牙がおれを貫くのだろう。涙が止まらない。
目の端に飛んでいく涙が映る。スローモーションのようにゆっくりに感じる。

そして。
目の前がまっくらになった———

「はい、お疲れ様でしたー。」
女性の声が聞こえる。頭から何かが外される感覚とともに、目の前が明るくなる。
そうだ、俺は東京ビッグサイトの先端技術展示会に来ていたのだった。
「どうでしたか?弊社の開発した感情制御練習用VRPGは。泣き虫克服コースでしたが…あら。」
係員の女性が装置を外した僕の目が涙で腫れているのを確認したようだ。
「ダメみたいですね。」
そう言って困ったように笑う女性の顔がサマンサの最期と重なって見え、俺はまた泣いた。

元ネタ:https://t.co/PyC6rqrVpR?amp=1

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