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支えられた1年に感謝。


どもっす

ご無沙汰しております。
がばい稜ちゃんです。
今年も残すところあと少しですね。


皆さん、今年1年お疲れ様でした。


今年はどんな1年でしたか?
僕はとにかく振られた1年でした(笑)

まずは8月。

あぁ~。これは手痛いですね~。
このツイートは反響があって、
1人の女性には振られたんですけど、
25人の方にフォローしていただきました。

嬉しいのか悲しいのか分からない
複雑な感情になったのを覚えています。

淡い夏の思い出です。

そして10月。

また振られちゃいましたね。
しかも、ご飯の段階で。

ご飯の段階で断られるって
よっぽどだなと思うんですけど。

てか、皆さん、僕の振られたツイートに
いいねしすぎですよ。
皆さんが僕に何を求めているのかが
ハッキリ分かります。
(求められるもの悲しくて草)

さらに11月。

つまりはそういうことです。
今年は厄年かな?と確認したら
全く厄年ではなかったです。草。

これを友人に報告したら
「クリスマスはカラオケ行こ!」と
誘ってくれました。

毎年クリスマスは1人なのですが
今年は何とかいけそうです。

本当にいい人たちに恵まれました。
ありがとうございます。

そんな恋愛では全く恵まれなかった
稜ちゃんの2021年をnoteで振り返って
いきたいと思います。

ここから少し小説っぽく
なっちゃいますけど、読んでいただけると
嬉しいです。(長いですが何卒!)


苦労に感謝した1年


1月
長崎県の稲佐山でお正月を迎え
地元の友達とワイワイしながら
やっぱ大学生って楽しいなと思った。

ただ、少しだけ虚しさがあった。
この虚しさはどこからだろう。

振り返ってみると2020年はコロナの
影響でオンラインでの大学生活。
あとは、空いた時間でバイト。
頑張ったものが何一つなかった。

何も頑張れていない自分が
ただただ虚しかった。

今年は何かを変えたいと思った。
そこでTwitterで声をかけてzoom上で
たくさんの方とお話をした。

色んな人との話の中で刺激をもらい
自分を変えるきっかけになった。

当時所属していた学生団体でも
SNSチームのリーダーに抜擢された。

いい1年になると思っていた。


2月
「飲食店向けの営業をしませんか?」
と、とある社長からのお誘いを頂き
営業を始めることを決意した。

テレアポや訪問営業は怖かったけど
将来のために頑張ろうと決意した。
腹を括って、バイトも辞めた。

僕と一緒に営業をやってくれる
人を探すためにたくさん声をかけた。

だけど、なかなか仲間を集められず
結局自分一人で営業をすることになった。

学生団体ではリーダーを任されてから
チームのメンバーがどんどん離れていった。
業務量は増え、人は減っていった。

辛かった。悔しかった。
自分に何の魅力もない。
そうやって自己嫌悪に陥った。

それでも、周りの人の助けがあって
何とか前に進むことが出来た。


3月
営業と学生団体での忙しい日々が
本格的に始まった。

営業では人生初のテレアポ一発目で
怒鳴られた。トラウマになりかけて
2日間寝込んだのを今でも覚えている。

でも、ここで簡単に諦めたくないと
思って、続けていたら、3月末に
初めてアポが取れた。嬉しかった。

学生団体でも、
「最後までついて行くよ!」と
言ってくれた一人の男の子と
SNSチームのプロジェクトを
動かし始めた。

モデルの、本番までの過程を映し出す
モデルドキュメンタリーを作ろう!

そう言って僕たちは少しずつではあるが
前に進み始めた。

少しだけ報われた気がした1ヶ月だった。


4月
ここが一つの分岐点。そう思っている。

営業で初めて契約を獲得した。
Twitter上で色んな人に「おめでとう!」の
温かい言葉をいただいた。

自分が特別な19歳になれた気がした。
だけど、周りを見渡せば、当たり前のように
営業マンは日々結果を出すんだと考えると
自分がちっぽけに見えてきた。

まだまだ弱い。ただの19歳だった。

学生団体ではドキュメンタリーを
撮影するにあたって、どんな人に
密着するかを決めるために、
たくさんの学生モデルと話をした。

色んなモデルの過去に触れた。
その人の生き様に触れた。

忙しかった。
だけど、ものすごく楽しかった。

5月
大学との兼ね合いでインターンが
時間的に厳しくなったので、
インターン先を変えることにした。

ここでテレアポの師匠と出会った。
テレアポがキツイことに変わりないが
それでも色々とテレアポに関することを
教えていただいた。

今でも東京に行った時には
お世話になっている。感謝しかない。

学生団体では、ドキュメンタリーモデルの
撮影とマネジメントをした。

モデルがどんどん成長していく様子に
ワクワクした。本番のステージでどんな
ウォーキングをするのだろうか。

そう思うとワクワクが止まらなかった。
だからこそ、色んな辛いことや
苦しいことも乗り越えられた。

この感情が今の自分の原点。


6月
テレアポで結果が出ず苦しんだ。
それでも頑張って続けた。
"出来ない"で終わらせるのが嫌いだった。

これだけ架電数を回しても取れないのか。
自分の未熟さを改めて知った。

学生団体では仲間が増えた。
後輩や同期が入ってきて、一つの目標に
向かって頑張ってくれる大切な
仲間とここで出会うことが出来た。

仲間だと思っていた人が離れていく経験を
した2月。そしてたくさんの新しい仲間と
出会えた6月。改めて感謝しかない。

だけど、結果が出なかった。
SNSが全く伸びなかった。
メンバーは一生懸命頑張ってくれている。
だけど、結果がついてこない。

自分のマネジメント能力のなさに
向き合い、自分を嫌いになった。

仲間がそれでもついて来てくれた。
申し訳なかった。何もできない自分。
そんな自分が悔しかった。


7月
テレアポで少しずつ何かを掴み始めた。
そんな1ヶ月だった。狙ってアポを取る。
それが少しずつできた自分に成長を
感じることの出来る1ヶ月だった。

学生団体ではファッションショー本番を
7月4日に迎えることができた。

自分たちが密着してきたモデルが
ステージの上に立った瞬間に
涙が止まらなくなった。

感動で涙が溢れた。
その瞬間に「これを生業にしたい」
そう思っていた自分がいた。

そして学生団体での活動が終わり
この環境から身を引いた。

もっと前に進みたいと思ったから。
もっと居心地の悪い環境に行きたい
そう思ったからだ。

今までの仲間に感謝し、
自分の成長のために次のステージに
進むことに決めた。


8月
関西で9月から新規事業を立ち上げると
師匠から聞いた。営業スキルを磨くには
いい機会だった。

とは言っても、まだまだひよっこの
僕は、生の営業現場から学びたいと思い
東京に行き、師匠に営業同行を
頼み込んで一緒に営業先を回った。

思い描いていた20歳の夏休みとは
かけ離れていたが、それでもすごく
いい夏休みを過ごした。

営業同行を終えて、
営業マンとして一皮剥けたいと思い
大学の休学を決意した。

しかし、8月末に師匠から一言。
「ごめん。新規事業無理かも。」

頭が真っ白になった。


9月

新規事業はダメになった。
そしてこのインターンも辞めて
新しいインターン先を探すことにした。

休学を決意して、初っ端これかよ。


人生は上手くいかないことの方が多いな。
そう思ってインターンを必死に探した。

結局新しいインターン先を見つけたのは
9月の終わりだった。

また、9月から新しい環境に身を置き
「経営」というものを学び始めた。

その環境は自分よりも凄い人たちばかりで
とにかく居心地が悪かった。
居心地を良くするには、自分が成長して
強くなるしかなかった。

それと同時に自分の人生を考える
いい時間にもなった。
そこで初めて気付いたことがある。

自分は何をしたいんだ?

ここで初めてきちんと自分の
人生について考え始めた。

何も知らない自分からすると
規模が大きすぎる問題だった。
しばらく自分が分からなくなった。

それでも前に進んだ。
1歩ずつだけど前に進んだ。
ゆっくりゆっくり。
じわりじわりと。


10月
久しぶりに仕事が出来ることに感謝した。
つまらないテレアポもこの時は楽しかった。
To B でテレアポをするのは初めてだったので
尚更楽しかった。

プライベートでは、ある男の子と出会った。
色んなことを話して、友達になった。
その子と一緒にその子のプロジェクトを
進めていくことになった。

その一方で期待を裏切った1ヶ月でもあった。
"新規事業を1月に立ち上げるから営業を
やって欲しい" と夏に誘ってくれた同級生の
プロジェクトから撤退した。

自分の進んでいく方向性が徐々に
定まってきた中での決断だった。

何かを始めることと同じぐらい
何かを辞めることは勇気のいることだと
ここで身に染みて感じた。

嬉しさと申し訳なさが入り混じった
1ヶ月だった。


11月
FPとの出会い。
そこでハッキリと自分にとっての
嫌いな大人が明確になった。

そして自分のなりたい姿が明確になった。
(詳しくは⇩のnoteへ!)

ここで僕は、自分の情弱さを知った。
「いい人」が搾取される世の中。
悪い大人の思い通りに描かれてしまう。

そんな大人に憤りを感じた。
でもそれ以上に大人にとって都合のいい
自分に、もっと憤りを感じた。

営業ではTo Bで商談を任せてもらえる
機会があった。結果は惨敗。

自分の未熟さを知った。
悔しかった。

FPに「学生を紹介してください」と言われ
ハッキリと「NO」を言えない自分。
商談の中で何一つ相手の心を
動かすことが出来なかった自分。

理想と現実の狭間に苦しんだ。

自分の「強み」はなんだ?
改めて自分と見つめ直す機会になった。


12月
旅行へ行ったり、実家へ帰ったり
これまでを振り返ると少しほのぼのとした
1ヶ月だった。

ただ、思考は深まっていった。

大阪のビルの火災事件。
芸能人の突然死。
色々と考えさせられた。

院長は多くの患者を救いたいと思って
営業時間を夜の10:00までにしていた。

その院長の働きかけのおかげで
多くの人を救えたことは確かだ。
だけど、たくさんの人が殺されてしまった。
理由は分からない。

あの1日で20名以上の命が亡くなった。
人の命は儚く脆いものだと思った。

そして芸能人の突然死。
誰かにとって大切な人が明日には
死んでしまうかもしれない。

当たり前の日常は実は当たり前じゃない。
人間なんていつ死ぬか分からない。
そこに気付かされた出来事だった。

そう思うと毎日が感謝の連続だった。
辛いことがあっても相談できる仲間がいる。
支えてくれる周りの人がいる。

当たり前を大切にしたい。


最近、自分の成長を感じた瞬間があった。

前の学生団体の方から
新規事業をするから営業をやって欲しい。
と頼まれた。

この時、初めて「NO」としっかり言えた。
自分の生き方にそぐわない営業はやりません。
そうハッキリと答えた。

ここは大きく成長できた部分だった。
自分の価値観が固まっているからこそ
出た答えだった。

価値観形成に携わってくれた人に
改めて感謝の気持ちで一杯になった。

そんな12月だった。


来年。

2022年は「もっと優しい人間になる」が
一つの大きな目標である。

優しくなるためには、
自分が強くならなきゃいけない。
今の自分よりももっと色んな知識を
蓄えて、色んな経験を積んで。

そんな2022年にしたいと思う。


今年は色々と苦労をした。
だけど色んな人が支えてくれた。

そんな2021年を
「苦労に感謝した1年」という
タイトルでまとめたいと思う。


終わりに

ここまでの長い文章にお付き合い
いただきありがとうございました。

1年を振り返ってみると、
色んな人に支えられた1年でした。
色んな人に支えられて今の自分が
あるんだなと痛感しました。

そんな日々に感じることは

まだまだ未熟で弱い自分。
ここまで来れたのは間違いなく
周りの方たちのおかげ。

ということです。
自分の力だけではここまで来れてません。
絶対にそうです。

そんな皆さんには感謝しかありません。

皆さん、いつもありがとうございます。
そしてこれからもよろしくお願いします。


守りたいものを守るためには、
自分の見たい世界を見るためには、
自分が強くなるしかないと思います。

ただの凡人ですが、夢を実現させてみせます。

2021年は苦労した1年でしたが、
2022年は報われない1年にしたいと
思っています。

優しい人間になるため、たくさんの
報われない経験を今年以上にする。
それだけ今年以上に苦しむ1年に
なると思っています。

夢のための辛抱の期間でもあり
思い通りにいかないことが
多すぎる1年にします。

こんなの書くと
「ドMじゃん」と思われそうなので
先に言っときます。

ドMです。

こんなドMな僕ですが引き続き
どうぞよろしくお願いいたします。
(終わり方台無しでワロタwww)






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