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no.3/縁起が良い名前王選手権【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

※目安:約2600文字

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中


 今日は日曜日。残念ながら朝から雨が降っているけど、そもそもインドア派に天気は関係ないし、同じアパートに住む俺たちが集まらない理由にもならない。今日も俺たちは103号室に集まって、ダイニングテーブルを囲んでいる。ただし、ござるくんだけはまだ。日曜日の朝は、ヒーロー好きのござるくんにとって至福のひとときだからだ。

「あ、そういえばメガネさん。フルネーム、漢字で教えてくださいよ!」

 何かを思いついたようにキツネくんが声を上げる。なんだ? 急だな。でも確かに、漢字表記は俺も知らない。かといって、メガネくんが簡単に個人情報など教えてくれなさそうな気もする。

「俺の名前か? そんなものを知っても、大したメリットなどないだろうが……」

 ほらね。大体キツネくんは、どうして急にそんなことを聞き出したんだろう。

「大きい、井戸の井に、崇める。で、オオイタカシだ。大いに崇めろよ」

 って、言うのかよ! 思わず心の中で盛大にツッコんでしまった。

「えー、いいなぁ」
「何がだ?」
「だって、縦書きにしてみてくださいよ。左右対称じゃないッスか!」

 大井崇……なるほど、確かに左右対称だ。俺は思わず、頬杖をついたまま感心するように、メガネくんとキツネくんを目だけで交互に眺めた。

「あぁ、そう言われてみればそうだな。26年間気付かなかったが」
「縁起だっけ? 何かが良いって言いません?」
「何かって、なんだそれッヒャーーーーッヒャヒャヒャ! 何が良いのかわかんねーのかよ、おもしれー!」
「そうなのか? なるほど、縁起がいい……」

 それまでずっと本を読んでいたたくちゃんがデカい声で割り込んできた。メガネくんも縁起がいいだなんて言われて、微妙に嬉しそうにしてるし。

「そういうキツネはどうなんだ」
「僕? 僕は『金森』まではOKなんスけど、『ゆうた』のゆうが、友達の友なんで、ギリ残念賞ッス。『た』は太いって字だから左右対称でしょ? ほんと、友だけなんスよ。超残念! だからね、フルネーム左右対称なんて結構すごい事なんスよ! メガネさん、誇りに思ってください!」
「ほう」
「そういえば、102さんって名前なんでしたっけ? えっと、カミ……? ん?」
「……上田中真」

 ただでさえ小さめの声なのに、ずっと黙っていたせいで掠れてしまった。

「なんて? もうちょっと声張れます?」
「上下の上に、田中、真実の真。で、カミタナカシン」

 田中さんと言われることはよくあるけど、上だけ覚えられていると言うのは正直レアだ。

「うわーーーっ! それじゃぁ102さんもギリ残念賞じゃないスか! ほら、上だけが非対称。田中も真も左右対称なのに、惜しいッスね、仲間!」
「……あー、ソウダナー」
「うわめっちゃ棒読み。せっかくなんだからノってくださいよ! 楽しい方が良いでしょ?」

 キツネくんが悪いわけじゃない。俺にとって名前は、まだ克服できないトラウマの一つだから。

「……ツッチー……」

 俺の右側からぼそりと声がした。たくちゃんだ。すぐにキツネくんが大きな声で聞き返す。

「ツッチー??」
「上を土にしたら左右対称になるじゃん? だから、今日からいっちゃんはツッチーだ! ヒャーーーーーッハーーーーッ!」
「はいはい」
「ツッチーって可愛い! そういえばたくあんさん、102さんの事いっちゃんて呼んでますけど、あれ、なんです?」
「ああそれは、102って言いづらいだろ。頭文字の1をとって1ちゃん、イチちゃん、いっちゃん」
「えー、もうそれ、102である意味なくないスか? 普通に真くんとかで良いですよね」

 キツネくん、それは俺もずっと感じてた。どうせ頭文字で「いっちゃん」と呼ぶのなら、上田中の「かっちゃん」でも大して変わらないのではと。でも本名を掠らないのは、少し助かっている部分でもあるから。

「そんなのはなんとなくだよ!」
「この法則でいくと、残念ながらたくあんさんは惨敗ですね」
「は? 惨敗?」
「トリウミタクト。鳥海の時点で、もう何も取り繕えませんからね。かろうじて拓人の『人』は左右対称かな? 厳密には違うかもですけど」
「現実を突きつけられると、なんか悔しいな」

 別にそこ、悔しがらなくても良いんじゃないの? そんなマジに悔しそうな顔するなって。

「ど〜ぅにかなんねーかなぁあああ」

 名前なんて今更どうにもなんねーよ。

「ござるは?」
「ござるくんも、無理っスね。カワカミカケル。さんずいの河に、上、飛翔の翔。何一つ左右対称じゃないッス」
「ござるも惨敗かぁ」
「そういえば、ござるはまだか?」
「今、ヒーロースペシャルタイムっスから……」
「そうか、十時までだったな」
「あ、ちょうど終わった頃ッスね。そろそろ……」

 コンココン

「噂をすれば! 開いてるッスよー!」

ガチャ……バタン

「おはよう、お待たせである」
「良い時間だな、ボランチ行くか〜」
「それを言うならブランチだろ、馬鹿者」
「……たくあん氏、外は大雨であるよ」
「マジか。部屋の中が快適だと天気なんて気にならねーからさぁ!ヒヒヒ」

 いや、さっきから結構な音で降ってるぞ? 俺は無言のまま窓の外に視線を向ける。この時間帯にしては空も暗い気がするし。

「なぁなぁ、俺とござるは左右対称じゃないんだってよ!」
「え??? 何がであるか?」
「言っておくが、左右対称は俺だけだ」
「そうそう、メガネが縁起が良い名前王者なんだよ。ありえねーよな!」
「王者、であるか???」
「皆さん! 実は、Fマートの新作スイーツ、人数分買ってあるんスよ! 冷蔵庫に入れといたんで、あとでみんなで食べましょうねー!」
「スイーツだと!」
「たくちゃん、俺の足踏んでる」
「えっと……僕のいない間に何があったであるか???」
「縁起の良い名前王選手権だ! ヒャヒャヒャ! 第一回王者はメガネ。次は負けねーぞ!」
「あ、名前であるか。……王者?」

 え、選手権なんて事になってたのか、今の?

「名前など、ほぼほぼ変わらん。俺が永遠に王者だ」
「はぁー? 何、勝ち逃げみたいに!」

 ホント俺たち、いい歳してくだらねぇなあ



[『縁起がいい名前王選手権』 完 ]

▶︎このお話が動画になりました!
【連続アニメ小説『日向荘の人々』日常編第1話-縁起がいい名前王選手権】

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