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no.20 / 星に願いを【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

▲何話からでも間に合う登場人物紹介

※目安:約5000文字

「リベンジっす!」
「リベンジ? その笹が、……であるか」 
「そうそう。お月見の時、大失敗したッスからね」

 ……あぁ、思い出した
 去年のお月見の時「ちゃんとお月見しましょうよ、笹とか買ってきて!」と言い出したキツネくんに「それを言うなら柳だろ」とたくちゃんに突っ込まれ、ござるくんに「それを言うならススキである」と一蹴されたんだった。
 それでだったのか。今日はキツネくんがそこそこ立派な笹を手にして103号室へやってきていた。

「これね、スーパーに入ってる花屋さんで売ってたんスよ! スゴいっしょ? 限定3本だったみたいで、これ最後の1本ッス! 今日は6日だからって少し安くしてくれたんスよー」
「すげーなー。家の中でこんなサイズの竹見るの初めてだぜー」
「確かに、である」

 笹は、キツネくんがお腹の前あたりで自然に握った枝の根元からバサッと伸びて、部屋の中なのにサラサラと葉先がなびいている。

「本題だが、もしかしてこれに飾り付けをしたり短冊を書いたりするつもりなのか……」
「何言ってるんスかメガネさん。当たり前じゃないッスか」

 ん? まじまじと笹を見つめるメガネくんの表情はどことなく浮かない。……乗り気じゃないのか?

「だからね……ジャーン! これ! 折り紙!! 他にもいろいろ買ってきたッス」
「“オンシーズン”は無敵であるな」
「スゴイな。ほんと、なんでも揃う」

 俺とござるくんは、キツネくんのバイト先でもある住人御用達スーパー『オンシーズン』の取り扱い商品の幅広さに感嘆していた。その間たくちゃんはモサモサと笹を触ったりペシっと葉を叩いたりして、メガネくんは浮かない表情のまま、笹と材料をうらめしそうに眺めている。

「材料色々あるんで、皆さんで飾り付けして、外階段のところに飾りません?」

 言いながらキツネくんは、折り紙の上にハサミとかノリとか、俺としてはすっかりご無沙汰な文房具を次々と広げていく。

「おーそれっぽいじゃん! やるな、キツネ!」
「でしょー? あ、スミマセンたくあんさん。普通のハサミしか売ってなくて、左利き用のはないんスけど」
「あ? まぁ大丈夫だろ? 面倒臭いから今までずっと普通のハサミ使ってたしさ」

 そう言いながら、右手をチョキにして得意気にパチパチとハサミで切るそぶりをした。ハサミは右手で使えるってことか? 当たり前すぎて忘れてたけど、たくちゃんは左利きだ。

「こんな大掛かりな七夕は、保育園の頃以来である」
「そうだね、家の中でこの規模はやった事ない」
「……そうだな」

 キツネくんはそのままタンタンと軽やかにスマホの画面をタップして、間もなくテーブルの上にスマホを置いた。

「これ! 七夕飾りの図解ページです! みんなでそれぞれお好きなの作りましょうねー! ハイ、こっちに折り紙出しておくんで」

 テキパキと材料を広げて、俺たちはそれに誘導されるように折り紙に手を伸ばした。……けど。

「あぁ、少し早いが俺は夕飯の準備に取り掛かるとしよう」

 ガタッと控えめに音を立てて立ち上がったのはメガネくんだ。

「えっなんで? まだ早いッスよ! 夕ご飯の支度なら後で僕も手伝うんで、せっかくだからみんなで作りましょうよ!」
「……」
「そういうことなら僕もしっかり手伝うであるよ」
「……いや、その……実は、こういう手作業は苦手でな……俺は、できれば短冊だけの参加とさせてもらえると助かるのだが」
「そうなんスか!? 料理とは違う感じなんです?」
「メガネ氏にも苦手分野があるのであるな」
「へぇ、メシはあんなに美味いのに」

 ……包丁だってあんなに見事に研げるのに。

「人間誰しも得手不得手はあるだろう……」
「そりゃそっかー」

 言われてみれば料理が上手だからといって工作も上手だとは限らない。みんなで一緒に作る事を躊躇するくらい苦手なものがメガネくんにもあるなんて人間らしいな、などと思いながら、テーブルに広げられた材料の中から、手に取りかけていた折り紙を自分の目の前に引き寄せてはみたものの。……何を作ればいいんだ……? 俺は思考が固まったまま作業に取り掛かるみんなを眺め始めた。

 こうして眺めていると、いつも見えていなかった一面が見れて楽しい。キツネくんはスマホを見ながら折り紙をパタパタと折りたたみ、険しい表情をしながらハサミで切り込みを入れている。
 ござるくんはヒーロー好きが高じて普段から何かマニアックな物を作っているみたいだったから、七夕飾りをつくる手際もなかなか。複雑な飾りをサクサクと作っていく。七夕飾りの作り方まとめサイトを見ながらだけど、よくあの図解だけでこんな複雑なものが作れるなと感心して眺めていた。
 メガネくんはいつものように慣れた手つきで夕ご飯の下ごしらえをしていく。
 平和な時間が流れている。

「あ、これならできるかも」

 折り紙を折りたたんで、余分な箇所をハサミで切り落とすだけで完成するらしい『星』の図解が目に留まった……けど?

「え、結構難しい……」
「そうそう、それ手順が少ない割に『折り』の時点で難易度高いんスよねー。でも、間違えても折り紙たくさんあるんで気にしないで使ってくださいねー!」
「……ん。なんかごめん」

 再び作業に戻る。キツネくんのスマホをみんなで眺めていたけど『星』ごときで手こずっている俺は、もう少しじっくり画面を見たい……間もなく自分のスマホで検索すればいいということに気づいた。最初からこうすればよかったんだ。
 改めて見まわした103号室内では、ここに不釣り合いなほど大きな笹の枝が存在感たっぷりに揺れていて、ほのかに自然の匂いがただよってくる。何年振りのご対面かと思うような折り紙や工作用具をテーブルの上に広げ、普段は見せない住人たちの一面も並んでいる。なんかいいな、なんて思いながらジャージのポケットからスマホを取り出そうとしたとき、なんとなくの違和感に気づいた。
 視界の右側でいつも騒がしいあの人が、そういえば妙に静かだ。
 ……そう思った瞬間。

「おい拓人ちょっと待て」

 一旦夕飯の準備の手を止めたメガネくんが、たくちゃんの手元を見ながら低い呆れ声を出した。

「んあ?」
「物事には限度というものがあるだろう。どこまで繋ぎ続けるつもりだ?」
「いいじゃねーか、綺麗に繋ぐの楽しいんだよ」

 言われてみれば。たくちゃんの手元には、意外にも几帳面なほど同じ太さに切り揃えられた折り紙が、みるみる“輪飾り”に変身して、ちょっと長すぎるほどに繋がれていた。しかも、その隣には驚くほど正確な対角線上に等間隔で繋がれた“菱飾り”が、既にものすごい長さで完成している。これを黙々と作っていたのか。

「うわー、スゴイっすねーたくあんさん! めっちゃ綺麗じゃないッスか!」
「そぉ? サンキュー」
「枝と同じくらい長いじゃん……」
「大丈夫102さん、外階段の高い位置に飾る予定だから長くても問題ないッス!」
「でも流石に階段より長くならないように気をつけるであるよ。ぞろぶいてしまったら、せっかく綺麗に繋がれたこの飾りがもったいないである」
「んー、そっかぁ。じゃあこのくらいにしとこうかな」
「それが無難である」
「メガネさんちょうど良かった。これ、短冊ッス」
「あ、あぁそうだな。キリがいいから今のうちに書くとするか」
「ペンも色々あるんで、好きに書いてくださいね!」

 短冊に願い事……俺の願いってなんだろうな。なんだか自分の事なんて自分が一番わかっていそうで、結局一番濃い霧に覆われているみたいに何も見えない。楽しそうにペンを取るみんなは、そんな事ないのだろうか。本心かどうかも定かではない願い事を文字にするのもなんだか気恥ずかしいんだけど。

「よっしゃできた! きれいッスねー!」
「こうしてみると綺麗なものだな」

 メガネくんはそう言ってくれたけど、俺たちの慣れない作業がモタモタしてしまって、笹飾りが完成する頃にはすっかり外が暗くなってしまっていた。いつもより早く夕飯の準備に取り掛かってくれていたのに、普段の夕飯の時刻をずいぶん過ぎている。でも笹飾り作りに参加しなかったメガネくんが控えめに綻んだ笑顔を見せているから、きっとそこは気にしなくても良いのだろう。

「明日ッスねぇ、七夕」

 キツネくんがにこにこと満足気に笹飾りを眺める。
 そう。七夕は明日で、つまり前日の夜に滑り込みセーフで完成させたことになる。こうやって当たり前みたいに行事の一つをみんなと過ごせても、この笹は一晩しか飾ってもらえないのか。儚くて、少し寂しい。

「で? いつ外に飾るワケ? 俺としては、今夜はこれ眺めながら夕飯食いてーなぁって思ってさ。なんかいいじゃん? 大人になるとあんまりこういう事しねーし」
「いいであるな」
「飾るのは明日でいいんじゃない? 明日なら天気いいみたいだし」
「そうだな、それがいい」
「あ! じゃあ、短冊に書いた願い事の話とかしながらご飯にしましょうよー!」
「少々気恥ずかしくはないか」
「俺もちょっとパス」
「僕のは野望なんで! いっぱい喋って実現させるんだー♪  言霊ッスよ!」

 この調子だと、今晩はキツネくんの単独ディナー講演会になりそうだ。

「あれ? これは……猫。たくあん氏が短冊に描いた猫の絵は、何か意味があるのであるか?」

 ござるくんが手に取った藤色の短冊を覗き込めば、そこにはたった一つ。ど真ん中に黒猫の絵がちょこんと描いてあった。

「それね、ラクさんなんだよ! また遊びに来てくれたらいいなぁって思って」
「あぁ、なつかしいである。ラクさん、元気でいるといいであるな」
「じゃぁ、こっちにある黒猫の飾りもラクさんなんスね。カワイイー」
「『ラクさんがまた遊びに来てくれますように』って書かなかったんだ」
「だーってさ、天の川から見てる誰かが日本語通じるかなんてわかんねーだろ? ユニバーサルデザインだよー、SDGs? ヒヒヒ」

 普通そこまで考えるかよ!

「確かにユニバーサルデザインはSDGsの17番目の目標だが、七夕は日本の伝統行事だから日本語は通じると思うぞ」
「え、本当に? 俺今適当に言ったんだけど。……ん? でもさ、七夕の願い事って誰が見る設定なの? 宇宙の神様?」
「……」
「!……」
「……?」
「……確かに。何に対してお願いしてるか把握してなかったである!」
「だよなぁ? まぁその辺がわかんねーから絵文字にしてみたってとこだ。日本語なんてグローバルじゃねーんだよ」

 グローバルって……なんて心の中でツッコんでいる間にも、メガネくんが素早く検索を済ませていた。

「七夕というのは、元々中国で生まれた伝説らしい。七夕伝説で日本でも有名な織姫は、天空で一番偉い神様『天帝てんてい』の娘らしいから、七夕の神様ということであれば、この天帝になるんじゃないか」
「えーっ? 中国のお話だったんスか?」
「天空の神様であるか…」
「ほーれ、それなら日本語は通じねーだろ。願い事は中国語で書かねーと! それが無理ならユニバーサルデザインだな!きっと宇宙にも優しいんだぜーっ! ヒャッッヒャッッヒャッ俺のッ勝ちーッ!」
「勝ちって……」

 思わず声に出してしまった。

「絵にすることで勝ちに行ってたのであるか。たくあん氏は策士であるな」

 一方でござるくんは謎に感心している。

「あ、勝ちっていえば、僕の勝利への構想聞いてくださいよー!」
「キツネの短冊はこれか。……たくあんさんの作品を音楽で表現して組曲を発表します!!……ほう」
「これは、願い事というよりは目標であるか」
「願い事は完了形で書くといいって何かで見たんスよ」
「だがこれは完了形というよりは……宣言だな。完了形であれば組曲を発表しました、となるだろう」
「えー、そうなんスか?」
「いいじゃねーか。日本語のそんな細かいニュアンス、天帝さんにはわからねーって!! ケケケ!」
「ねーねー、ところでみなさん僕の構想聞いてくださいよー!」
「たくあん氏のどの辺りの作品で曲を作るであるか」
「そりゃあもーう全部っす」
「……あ、ちょっといいか」

 メガネくんがもじもじと何か言いたそうにしているけど組曲の話で盛り上がっている3人の勢いは止まらない。

「全部っ!!?」
「作品数エグいっすからね、組曲全30章くらいにはなるんじゃないスか?」
「ギィェャッハッハッハ!すげーなー!」
「え……っとだな」
「あ! メガネさん、もしかして今ずっと何か言いたそうにしてましたよね。スミマセン!」

 俺も援護射撃をしようかと思ったその瞬間、キツネくんが気づいてくれた。

「いや、それよりも。ひとまずだれか配膳を手伝ってはくれないか。それからテーブルも早く片付けてほしいのだが」

 そうだ、夕飯がまだだったんだった。

「了解ッス! 僕やりまーす!」
「ごめんメガネくん。俺も手伝う」
「僕はテーブルの上を片付けるである」
「じゃぁ、俺もござると一緒にこの散らかったやつ片付けよーっと」

 今日の夕飯は長く賑やかになりそうだ。


[第20話『星に願いを』完]

▶︎次回の更新は8月!

▷去年、お月見なのに笹だの柳だのを準備しようとしたお話はこちら
第7話『結局は月より団子な男子かな』

▷もう一度会いたいラクさんと遊んだ時のお話はこちら
第10話『日向荘の猫』←※今月19日にYouTubeにて動画化するよ!

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