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no.17/彩りと記憶【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

▲今からでも間に合う人物紹介

※目安:4600文字

「そこの小学校、今日入学式だったんスかねぇ?」
「4月だしな。この辺りの公立小学校はだいたい今日が入学式だ」

 時々忘れるけど、メガネくんは役所に勤めている公務員だ。
 4月になって、世の中は新しい季節に入れ替わったような活気に溢れている。……ような錯覚が満ちているけど、ここはいつも通り。俺の生活には特に、一寸たりとも変化はない。

「今はいろんな色のランドセルがあるんすね! 僕の時はせいぜい黒、紺、青、緑…くらいだったけど」
「俺は有無を言わさず黒のランドセルが与えられた。兄も黒で姉は赤。典型的な色のものが一方的に購入されていた感じだ。クラスの男子たちも大抵黒か……時々紺がいたな」

 ……メガネくん、弟だったんだ。

「俺も黒だったなー、自分で選んだ記憶はねーけどさー」
「僕は、お姉ちゃんのがさくらんぼみたいな良い感じの赤で、僕もそれが良いって言ったんスけどね、やめやぁって怒られたんすよ」
「まぁ、大人は大抵そう言うだろう」
「だからね、結局紺ですぅ……」
「あぁ、兄貴が紺だったかな。もしかして兄弟で色が被らないようにしてたのかぁ? 考えたことなかったけどさぁ」
「たくあんさん、お兄さんいるんスか!?」
「あ? あぁ、もう随分あってねーけどー」
「へぇ、お会いしてみたいですねぇ!」
「そお?」
「……」

 そう言えば、ござるくんもこの話題に乗ってこないけど、ランドセルにいい思い出がないのって俺だけじゃないのか?

「今日歩いてた一年生ね、黄色とか紫とか銀色のランドセル背負ってる子もいましたよ!」
「何それスゲーな!」
「……銀色はすごいである。黄色や紫は見たことがあるであるが」
「そうなんすか!? ちなみにござるさんは何色でした?」
「僕は……黒。それに青いステッチが入ったランドセルである」
「めっちゃカッコいいじゃないスか!」
「まぁ……今でこそ普通にあるけど、ステッチの色違いは珍しがられたこともあるである」
「小学校の入学式など、もう20年も前の話になるんだな」
「20……は? そんなに経つワケ? 地味に衝撃なんだけど」

 あの頃、俺は周囲にうまく溶け込めなかった。大人になった今、よく晴れた入学式の写真を見返しても、未だに別世界の記録を見せられているような、自分が自分じゃないような気持ちになる。あれから20年近く経っているのに、俺はきっと何も変わってない。俺自身がここに存在している実感もない。全てが他人事みたいだ。
 でも、もしもあの日に戻れたら、言ってみたい言葉はあった。

「……俺も、紺が良かったなぁ……なんて思ったことはある」
「102さんは黒ッスか?」
「俺のは茶色」
「茶色!? オシャレっすね!」
「内側もなんかブリティッシュな感じの生地が張ってあってさ」
「うわー、高そうッス」
「とにかくフィッティングさせてもらったのが全部茶色だったから、何も言えなかったよね」
「親御さんの希望の色だったのであるか」
「たぶん、そう」
「それにしてもー、銀のランドセル気になるよなー」
「見てみたいである」
「デザインもメカっぽいのとかだったらウケるんだけどー」

 思い思いに昔話に花をさかせているけれど、たくちゃんは他人事みたいな口ぶりだから俺の耳には思い出話という感じで伝わってこない。

「ランドセルも、今や選びたい放題だが、それを背負う子どもたちも本来多様にいるわけだからな。大抵黒と赤に分けられていた俺たちも、何かの属性に縛られて生きていく必要はないし、俺も、公務員だからと言って有休を遠慮したりはしない」
「出た! 有休魔人! 単なる自己主張じゃねーかっヒーッヒャヒャヒャ!」

 有休魔人とは上手いネーミングだ。去年の夏は9連休をもぎ取ってきたし。奇声を上げながらも苦い顔をするたくちゃんにとっては、微妙な記憶として刻み込まれているようだ。

「その様子だと、まさかゴールデンウィークも……?」

 キツネくんもそれを思い出したのか、おずおずと口を開く。

「10連休だ」
「うげぇ……マジかよ。……ぃゃアホかっ!」
「エグいであるな」
「ただし、今回は実家にも顔を出す予定だからな」
「実家かぁ……僕もずいぶん帰ってないなぁ。メガネさんも珍しいですよね? あまりそういう話聞かないッスから」
「そうだな。ここへ来てからは初めてだ」
「じゃあ、数年は帰ってなかったであるか」
「…まあな」

 そう言うとメガネくんは俯き加減に、でもすごく遠くを見るように焦点を取った。実家か。俺も連絡くらいした方がいいのかも。年賀状風な郵便物なら、生存確認みたいに送ってはいるけど……
 そういえば、毎年お盆休みに一泊二日で帰省しているらしいござるくん以外、実家に帰るというワードすら聞かないなと、今気づいた。

「まぁ、日帰りなんだが」
「日帰りかよ!」
「それで、10日間も何するんスか?」
「5月4日に帰省と、5月3日に全国駅弁博のイベントチケットが取れたからな」
「駅弁……であるか」
「メガネさん、作るだけじゃなくて食べる方もハマっちゃったんスか?」
「再現とか、してみたくないか」
「駅弁のー? どうなの? 俺駅弁食ったことねーからなぁ」
「今度作ってやろう。どこがいい」
「はぁ? わっかんねーし」
「東海地区の何か食べたいッス!」
「高崎、とかもいいであるな」
「いいだろう」

 みんな楽しそうだな。
 好きなことがあるとか、夢中になれるとか、ランドセルの色さえも。俺は消極的で主張できないのか主張できるものがないだけなのか、自分でもよく分からないけど、集団の中にいると自分だけ異質な感じがする瞬間が昔からある。日向荘にいる時も……それがちょっとだけ寂しい。

「ゴールデンウィークは何かとイベントが多いであるからな。僕も5日にヒーローショーへ行く予定があるである」
「ちびっ子に混ざって一人で行くんスか?」
「……結構“大きいおともだち”もいるのであるよ……」
「そうなんスねぇ」
「まぁ、趣味趣向とはそういうものだろう」
「僕もどこか行こうかなぁ……あ、でもやっぱりバイト入れよ。お休みのパートさん結構いるみたいッスから。稼ぎどきッス!」
「おぉいいな、それで初夏の新作スイーツをお土産に買って来てくれよ!」
「いいッスねぇ。スイーツパーティーしましょうか! うちのスーパーでも、こどもの日関連でケーキとか出ますし」
「ヒャッフーーーーーゥ! スイーツパーティーラッキー♪  ヒャヒャヒャ!」
「そういえば、2日はキツネの誕生日だな」
「あ、29日は102氏の誕生日である」
「ゴールデンウィークに誕生日二人分あるのかよ! メデタイな!」

 ……そういえばそうだった。自分でも忘れてたけど。

「俺のはゴールデンウィークって言っていいのかな」
「何言ってるんスか! メガネさんなんて4月27日から超大型10連休なんスから、29日はしっかりゴールデンウィーク期間スよ!」
「10連休はやっぱりアホだよなー……」
「せっかくだからケーキでも作って二人の誕生日を盛大に祝ってみるのはどうだ」
「マジっすか! 嬉しいっす! ね、102さん。お言葉に甘えて、一緒にお祝いしてもらいましょうよ」
「え、メガネくん、ケーキ作れるの?」

 レシピさえあれば、気になったものを何でも作っちゃうメガネくんだけど、ケーキまで作れるなんて初めて聞いた。

「103号室で夕飯を食うようになってからあまり使っていないが、ウチにある電子レンジはオーブンレンジだからな。その気になればケーキも焼けるし、作り方はネットにいくらでも転がっているだろう」
「……メガネ氏……サスガである」
「え? いつやんの? せっかくだからさぁ、いっちゃんの誕生日からキツネの誕生日まで、4日連続で大宴会しようぜ〜!」
「4日間はさすがに意味わかんないだろ」

 ……それに、中2日の開催理由が全くもってわからない。

「いいっすねぇ! 30日と1日、何かお祝い口実ないッスか?」

 いいのかよ!

「ただの宅飲み期間でもいいのではないであるか? せっかくの大型連休であるからな」
「よし。29日と2日はケーキを焼いて、30日はちまき、1日は柏餅でも作ろう。それで“ゴールデンウィーク宅飲み会”だ」
「ケケケケ、すげー! めっちゃ作るじゃねーか! あ、食べられる柏だけは探してくるなよな」
「ケーキ、この短期間に2回も作るであるか」
「高カロリーっスね……」
「そこは二人の誕生日をまとめたりしないんだ……」

 ケーキを2回も作るのは結構大変そうだけど。

「同じ家庭の兄弟などならまだしも、誕生日はそれぞれのものだろう。俺も2回、違うケーキを作る楽しみがあるしな」

 そうなんだ……少し嬉しいかも。

「宅飲みの口実じゃねーの? ヒヒヒ」
「2人とも、どんなケーキがいい? 今からレシピを検討しておこう」
「僕、苺がいっぱい乗ってるやつならなんでもいいでーす! 何なら、ケーキに乗せきれなかったフレッシュ苺も添えてください!」
「なるほど、わかった。102は」
「俺?」

 そういえば俺、何ケーキが好きだったかな。覚えてないや。っていうか、みんなが食べたいものなら何でもいいんだけど……

「……まぁ、できれば2日前くらいまでに何がいいか考えておいてくれ」
「うん……でも、みんなで決めてもいいよ。多数決とか」
「102の誕生日なんだから、102が食べたいものを教えてくれ」
「そうだよなー、俺ケーキなら何でも好きだし! 何でもいいぜーっヒャヒャヒャ!」
「キャラクター的なデコレーションものも楽しいであるよ」
「あぁ、くまちゃんのとか、いろいろありますよね! 画像検索とかしても良いんじゃないです?」
「何それ! すっげー面白そう!」
「……わかった。ありがとう、考えておくよ」

 俺が食べたいもの、か。
 そんなこと、今まで考えてきたことがあまりなかった。
 この際味より見た目でお願いしてみようか、後でケーキの画像検索をしてみようか、などと考えるだけで、何だか少しウキウキした気分になる。メガネくんの再現度の高さは日々の料理からも伺えるし、楽しみだな。

「あれ? 4月29日っていつだかの天皇誕生日じゃなかったけ?」
「昭和天皇だ」
「おお、やっぱりそうか! じゃぁ、今日からいっちゃんは天ちゃんだ! 天皇の天ちゃん!」
「うわー、たくあんさんワールドだぁ」
「天ちゃん……何でもアリであるな」
「何ケーキが食べたいか、ちゃんと考えてメガネに言っておけよ、天ちゃん!」


……呼び名とは一体何なのか。
名前原型を留めてないだけでなく、どんどん遠のいてる気がするんだけど。





[第17話『彩りと記憶』完]




▶︎次回の更新は5月!
5月の活動スケジュールは4月22日頃発表予定です。

▶︎メガネくんがお盆時期に9連休をもぎ取ってきた時の話はこちらから↓

▶︎食べられる柏餅の葉っぱを追求するメガネくんと、断固阻止したいたくあんの話はこちらから↓

▶︎連続アニメ小説版の『日常編』もYouTubeにて定期投稿中です!(最新話は4/26投稿予定です)
第1話はこちらから↓

▶︎「日向荘の人々」シリーズ
その他のエピソードはこちらから↓

最後まで読んでいただきありがとうございます!