no.16/サクラ咲く頃【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)
※目安:約4300文字
「桜味スイーツ、だいぶ出揃ってきましたよね!」
そう言いながらキツネくんはFマートの新作桜スイーツを並べた。
「桜味っていうのは……正解がわからないであるな。そもそも桜自体を食べたことがないから判断に困るである」
「それなー。そもそも桜の味なんて、俺しらねーよー」
「どうも桜茶のイメージしか思い浮かばん」
「桜茶? 初めて聞きましたけど、可愛いらしいっスね! 美味しいんスか?」
「桜色の物体が浮かんだ、塩味の湯だ」
塩味の湯……
「うへ〜っ、そんなんあっためた海じゃん。桜色の塩分はちょっと嫌かもー」
「そもそも祝いの席で出るものだから雰囲気なのだろうが、まだ子供だったし、最後まで飲めなかったし、しばらく桜餅も食えなかった」
「確かに、名前からのイメージとギャップがありすぎるである」
「そういえば、桜餅も塩っぽい桜の葉に包まれてるよね」
桜餅を脳内に思い浮かべるだけで、不思議な香りとうっすら塩味がかった後味が蘇ってきて、俺は無意識にしょっぱい顔をしてしまった。
「そうっすね……」
「桜餅の葉も桜茶の花も、結局は塩漬けだからな」
「アレって葉っぱごと食うわけ?」
「とりあえず葉っぱごと食ってたけど、食べていいのか残していいのかも、よく知らない」
そう言って思い返してみる。丸ごと食べてはいたけど、しっとりとした塩味の葉っぱは正直苦手だった。それに、最後に桜餅を食べたのはいつだったかな。
「僕もそんな感じである」
「そーいえばさぁ桜餅といえば、柏餅あるじゃん?」
桜餅といえば柏餅……なのか?
「アレも葉っぱごと食うの?」
……それは無理じゃないのか?
「えー、あんなゴワついたの食べたら、柏餅の味わからなくなっちゃいますよー」
「柏餅に少量だけ葉っぱの繊維が付いていても違和感あるのに、葉っぱごとはさすがに食べられないである」
「たまに上手く葉っぱが剥がれないのあるッスよね? あれ本当にテンション下がりません?」
「……食っても問題はないようだが」
俺が思わず二度見をしていると、みんなもびっくりした様子でメガネくんに注目していた。そんな視線に気付いているのがいないのか、メガネくんはスマホに視線を走らせながら淡々と続けた。
「そもそも柏餅も桜餅も、保存容器がない時代に殺菌作用やほこりから守る意味で巻かれていたらしいが、食品を包んでいるわけだから人が食べたところで害はないそうだ」
「まぁ……理屈を言ったらそうなんでしょうけど」
「桜の葉は食べられなくもないけど、さすがに柏の葉は硬くて抵抗あるであるな」
「じゃあ結局さー、桜味って塩味なわけ? あの葉っぱ的なやつの味が正解?」
正解かと聞かれると、よく分からない。
「どうなんでしょうね。でも僕の中では、あんな感じのイメージっスよ。味も香りも」
「あの独特な風味は、確かに桜のものらしいぞ」
「そうなのであるか」
「だがネットの情報によると、塩に漬けるなどして組織が破壊される際に生成される成分らしい。やはり桜の味や香りは、塩無しで語れないのか」
「塩無しでは語れない桜味。つまり、桜はほぼ塩……ってことはー、ピンク色の塩なわけだからー……! わかったぞ! 桜味の正解はピンク岩塩だッヒャーーヒャヒャ!」
「そんなわけあるか、バカモノ」
メガネくんは顔色ひとつ変えずにピシャリと終止符を打つ。
「……で、いよいよこれッス。今の話聞いたら何か怖くなってきちゃいましたよ。さすがにしょっぱいスイーツは嫌ッスよねぇ……」
「でもさぁ、この時期のスイーツとして成り立ってるんだから、味はいけるんじゃねー?」
「そうッスね、見た目はめちゃ美味しそうなんスよ。桜プリンケーキでっす!」
先ほど並べたスイーツの一つを手のひらに乗せ、キツネくんはラベルを見やすいよう掲げた。
手の上にちんまりと乗ったクリアな容器に収まる桜プリンケーキは、淡いピンク色のなめらかなプリンとしっとりと爽やかな甘味のあるスポンジの層の上に、あっさりと桜の香りが漂うクリームがデコレーションされたカップ入りのスイーツだった。
「塩風味もあっさりしていて、なかなかイケるである」
「んー、さすが期間限定品スねーっ!」
「だから言っただろー! 商品として成り立ってる時点で、一定水準はクリアしてんだよ」
「うん。美味しかった」
「舌触りがいい上に、香料と着色料がいい仕事をしていた」
料理が好きなメガネくんだけど、感覚よりも分析じみた味気のないコメントをすることがある。
「ごちそうさま」
食後のデザートにふさわしい桜スイーツと、一緒に用意していたインスタントコーヒーを飲んでくつろいだ後、俺は容器とスプーンを洗うために席を立った。ついでに夕飯の食器も。
「今更ですけど、桜餅ってやっぱり桜スイーツに入りますよね」
「……ざっと見たところ、桜スイーツランキングには入っていないが、まぁ日本における桜スイーツの原点なんじゃないのか」
「ランキングには入っていないであるか…」
「不動の殿堂入りなんじゃねー? 知らんけどっヒャーッ!」
「なるほど、殿堂入りであるか」
再び桜餅の話題を持ち上げながら、みんなもシンク周りに集まってくる。
「でもなんか、桜餅っておばあちゃん家って感じしません?」
「春休みに遊びに行くみたいな?」
「そうッス! 新学期始まる前のソワソワした時期に、おばあちゃん家でこういう和菓子的なの食べたなぁって」
「おばあちゃん、であるか……僕は一緒に住んでいたから特別感はあまりないであるが……」
ござるくんの声が少しだけトーンダウンしたような気がした。
「俺はそもそも、こういうのはあんまり食う機会なかったしさー」
「こういった嗜好品は季節も絡むし、各家庭の趣向で機会の頻度に差が出るものだろう。まぁ、桜餅や柏餅はそこそこ王道だろうが」
「春といったらピンク色のイメージっすけど、あれなんなんスかね。やっぱり桜の影響もあるんスかね?」
「…そう、かも?」
「春といえば、ここへ引っ越してきたのも春だったなぁ……とは言っても僕は4月の終わり頃だったから、桜は花が完全に散って、ほとんど葉っぱだらけでしたけどね。懐かしいなぁ」
「そういえば、俺が引っ越してきた日はズバリ桜が咲いてたぜ! 卒業式の日だったから満開ってほどじゃなかったけどなー、ゲヒャヒャ! 制服のままお引越しだ!」
……いつだったか、たくちゃんは高校では寮に住んでいて、そこを出るタイミングで日向荘へ引っ越してきたって話していた。だから今でも押し入れの中には処分に困った制服がしまってある。キツネくんも、引越しの挨拶に来たのは俺の誕生日のちょっと前……4月の終わり頃だった。こんな俺でも、日向荘での出来事は結構覚えてる。それが少し嬉しかった。
「俺も3月の終わりに引っ越してきたな。どちらかといえばバタバタと慌ただしく新生活を整えていた記憶しかないが」
「僕も初めての一人暮らしで、4月からの大学生活がうまくスタートできるか緊張していたであるから、あまりゆったり過ごした記憶はないである」
そうか、春は……新しい始まりの季節、だもんな。
「なんか、色々思い出しちゃうッスね」
「そーかー?」
「そうっすよ! ここに来た頃のこと、僕すごく覚えてますよ! まぁ言うて去年なんスけど!」
そんな振り返るほど昔のことじゃないとでも言いた気に、キツネくんはいつもの元気な声で笑った。
「確かに、キツネ氏が引っ越してきてから103号室にお邪魔するようになったであるから、僕も良く覚えているである」
「早いものだな。こうして全員で交流するようになってから一年経つのか」
「本当、早いッスよねぇ。102さんは? 102さんも春に引っ越してきたんスか?」
「俺? 俺はキツネくんが来る前の年の9月」
「あぁ、秋入居だったんスか。結構珍しくないです?」
「そう、かな」
「卒業シーズンの新生活という観点からすれば珍しいだろうが、人が動く時期なんてそれぞれだし、仕事によっては異動なんていつでもありうるからな。別に珍しくもないぞ」
「卒入学のタイミングだと春が多いであるが、そう言われてみればそうである」
「そっか。たまたま僕がそのタイミングで仕事辞めただけで、確かに人それぞれッスね。102さん、今の気にしないでください!」
「え……」
キツネくんも、ここに来る前は就職してたのか。どんな仕事をしていて、なんで辞めたんだろう。……そう思ったけど、その疑問は口から出ることはなかった。俺だって、普段は聞き出されたくない事だったからだ。触れられたくない過去のひとつやふたつ……誰にもあるし。
「だからね、春ってなんとなく僕には特別なんスよ……って話がしたかっただけッス!」
「僕は花粉のおかげであまり感傷に浸る気分にはなれないであるが」
「ござるは花粉症なのかよ! 知らなかったーッヒャヒャヒャ!」
「普段は薬を飲んでいるであるからな」
「そうだったのか。そういえばたまにバイトの帰りが遅くなる日があるな」
「耳鼻科に寄ってきているから……結構待つのであるよ。夕方はお母さんに連れられたちびっこが多いである」
ござるくんは迷惑そうな口調になるでもなく、お母さんに連れられたちびっこを思い出すかのように、どこかをぼんやりと見ながら小さく微笑んでいた。
「たくあんさんは家の中にいるから花粉とか関係なさそうッスよね」
「あー、まぁそうだなー。やっぱ家の中最高だぜ! 桜スイーツも美味かったしな!」
「ああ、とても美味かった。キツネ、礼を言う」
「いやぁ別にいいんスよ。僕が皆さんと食べたかっただけッスから」
「じゃぁ今度は、僕が5月に柏餅を買ってくるである!」
「せっかくだから葉も食べられる柏餅を探してみてはどうだ」
「うゲェー罰ゲームじゃん、そんなの探して買ってこられても、俺絶対に葉っぱ剥がして食うからな」
「さすがに柏餅の葉っぱについては、たくあんさんに一票ッスね」
「……あっても買いたくないである」
そんな他愛のない話をしている間に、みんなで手分けする皿洗いは終わってしまう。こういう時一人じゃないっていいな、なんて思う。
ここに入居してから俺は、少しは変われたのだろうか。少しは今を大切に思えるようになっただろうか。少しは自分のことも……
各々が自分の席に戻ると、メガネくんは徐ろにスマホを取り出し何かを調べ始めた。キツネくんとござるくんは桜餅の話を始め、たくちゃんはあっという間に作業に戻っている。
「うーん……」
「メガネ氏? どうしたであるか」
「スマホと睨めっこして、何調べてるんスか?」
「いや、その…」
真剣な表情のメガネくんに、みんなの視線が集まった。
「……いくら検索しても、やはり葉ごと食える柏餅はないらしい」
……? キツネくんとござるくんも目を丸くして言葉を失っている。当然だろうと俺も思う。
間髪入れずゲーミングチェアが軋み、たくちゃんが飛び跳ねるように立ち上がると、止まった空気を打ち砕くようにデカい声で叫んだ。
「は? そりゃそーだろーよ! 一人で勝手に食ってろバカメガネめ! ギェッギェッギェッギェッギェッギェッ!」
……心地良いまでにうるせーな。
[第16話『サクラ咲く頃』完]
▶︎次回の更新は4月!
4月の活動スケジュールは3月25日頃発表予定です。
▶︎たくあんの押し入れを引っ張り出して制服を発見した時の話はこちら
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▶︎『日常編』も開幕いたしました!第1話はこちらから↓
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