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「escape HERO」第4話(最終話)

  ※目安:約4800文字

#創作大賞2023
宇佐崎しろ 先生のお題イラストによる 
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Chapter4  conclusion?

「……タ……コタ、横田! 大丈夫か?」
「……ん?」
 ただならぬ緊張感を滲ませた山崎の声で意識が浮上して、閉じたままの瞼が明るくなる。
「横田、目を開けろ! 逃げるぞ!」
 別クラスの山崎が俺に声をかけるなんて、今は部活の最中なのか? いや、俺はさっきまでマヒロと……ん? 逃げるって?
「!グッはアッ……ッ!」
「山崎っ!?」
 突如現れたと思った次の瞬間、俺の上に被さるように倒れ込んだ山崎は、もう何も言葉を発しないでぐったりしている。完全には起動しきれていない頭でも、目の前に鈍く光る凶器は判別できた。刃物……あの長さは、まさか日本刀か? 太陽を背にした目の前の黒い影が、その凶器をもう一度振りかぶる。
「クソッ」
 俺は足に力が入り切らない中でも何とか立ち上がり、中腰の姿勢から、今持てる最大の瞬発力を使って逃げた。気持ちが悪い。寝起きのダッシュがキツかったわけではない。危機一髪で起こしてくれた山崎を、今置き去りにして逃げてきてしまった後悔と後味の悪さ。膝に手を置き乱れた呼吸を整える。俺の脚は、さっきまでのジャージとテニスシューズじゃなくて、制服のスラックスと上履きを履いていた。
「ここはどこだ……体育館?」
 周囲を確認する余裕が出てきて、ようやく辺りを見回すと、おそらく先程まで体育館裏にいたようだ。まさかそんなところで寝ていたとは思えないから、もしかしたら倒れていたところを山崎が助けてくれたのかもしれない。
「山崎……」
 さっきまで女子だけの校内にマヒロといたはずなのに、なぜ体育館裏で男子生徒の山崎に助けられたのか。結局ナンバーワンは決まったのか。あの世界からは脱出できたのか。リセットはできたのか。ならばなぜこんな事態に? 何が何だかわからなかったけど、置き去りにしてきた山崎が急に心配になって体育館裏へ音を控えながら足早に戻る。
「……え?」
 そこはまるで何事もなかったかのように平然とした体育館裏の風景が広がっていた。もちろん襲撃の跡などない。山崎もいない。山崎が連れ去られたような形跡さえない。狐に摘まれた気分のまま、でも何を信じたらいいのかわからないままその場に立ち尽くす。

 なのに空は爽やかすぎるほど青く、心地よい風に雲が流されていく。

「……嘘だろ?」

 しばらく言葉を失い、身動きも取れない。

「2年3組、横田和寿よこたかずくん」
 どれだけの時間がたった頃か、はたまた一瞬の間だったのか、涼やかな男の声が現実に引き戻すように俺の耳をさらった。
「鹿山……先生?」
 振り返ると、保健医の鹿山恭太かやまきょうたが飄々と立っていた。
「結局、2年3組の桜丘真尋さくらがおかまひろ、撃っちゃったんだね」
「え?」
「2年1組の山崎敦弘やまざきあつひろ。部活仲間。ソイツも見殺しにしたね」
「……」
「1年2組の宮脇みやわきひまりはどうなったんだろう?」
「それは……!」
 宮脇のことまで俺は知らない。
「そもそも俺のロッカー、勝手に開けたね。女装姿を白衣で隠したかった? 俺の白衣なら丈も長めだし、たぶん横田と体格そんなに変わらないし、すっぽり隠れたんだろうな。だけど、他人のロッカーなんて開けなければ銃なんか見つけずに済んだのにさ」
「くっ……」
「今こそ、その姿を白衣で隠したいだろうに。残念ながら、今横田に貸せる白衣はないよ」
 自身が着ている白衣の襟口を左手で掴んで、見せしめるようにパタパタはためかせる。
「?……」
 鹿山先生に「隠したいだろうに」と言われた自分自身を確認してみると、俺の制服は血で染まっていた。この血は……。
「……山崎……?」
「正解。山崎敦弘はおまえを庇って、切られて死んだよ。ほら、さっき倒れ込んでただろう? その時付着したと思われる」
「!……」
 一気に血の気が引く。気分も悪くなる。吐き気がする。激しい自己嫌悪。泣きたいような気持ちなのに涙も出ない。頭の中がぐるぐるする。
「桜丘真尋。あの子はね、おまえの狙撃が下手だから弾は逸れたよ。まぁ、生まれて初めて撃ったんだし? 命中するとは思ってなかったけど、あの距離で掠りもしないとはねぇ。横田、おまえ狙撃手に向いてないなぁ」
 鹿山先生の言葉は耳に入ってきていたと思うけど、頭にはちゃんと届いていなかった。
「それにしても、世界の主人公を撃っちゃダメだよ。死んじゃったらどうするの」
「え?」
 世界の主人公? なんだそれは。
「ちなみに、この世界の主人公は山崎敦弘じゃないから、本物は現実世界でちゃんと元気に生きてるよ。とりあえず安心しな」
 何を……言っているんだ?
「あの日本刀の男。この世界の主人公はあいつだ。3年の、元剣道部副部長」
「主人公って……なんだ」
 パニックで動かない俺の頭では、鹿山先生の言葉の速さについていけない。
「横田は聞いたことないかな? 『あなたの人生の主人公はあなたです』みたいな言葉。アレだよ」
「アレって……?」
「この世には人の数だけ世界があって、それぞれ重なるところで折り合いをつけながら生きてる。それをちゃんと理解して対応するのが理想的かもだけど、実際には無意識で何となく対応してる。だからさ、たまにこうやって仮想空間で暴走しちゃうやつも、まぁいるわけ」
「仮想空間?」
仮想空間この中でいくら願望を叶えたって、所詮夢は夢。仮想でしかないのに、可哀想なものだな」
 マヒロが言っていた仮想空間みたいなものって、このことか?
「横田はさ、自覚なく主人公として仮想空間を創ってしまって、そこの登場人物に危うく殺されかけちゃったんだよ。覚えてる?」
「は? いや、えっと」
 なんだそれ。いつの話だ。自分が作った仮想空間の得体の知れない登場人物に殺されかける主人公とか、そんなマヌケな話覚えてるわけないし、適当なこと言ってるんじゃないのか。
「無自覚だったんだからピンとこないか。ちなみに救出したのは俺」
 自覚無自覚問わず、ピンとこないものはこないし、救出された記憶もない。
「倒れて保健室に担ぎ込まれたのはその影響だよ。自分の仮想空間すら不安定だったから、そのまま桜丘真尋の世界に引っ張られて入り込んじゃったんだね」
「保健室……?」
 だから俺は最初、保健室で目覚めたというのか。……担ぎ込まれた……そうなのか?
「結局いくら綺麗事を言っても、自分が主人公である事を主張している時点で、その世界はエゴイズムでできている。保身、幸せ、理想、比較、願望。全て根本はエゴイズムからできている。他人の仮想意識までをも己の意のまま、勝手に動かして回っている世界だ」
「エゴイズム?」
「桜丘真尋。あの子は『みんなが過ごしやすい学校にしたい』と言いながら、目的を達成する力を手に入れるためだと言ってあんな生き残りゲームをしていた。実現の優先順位を上げ過ぎたために視野が狭くなる。目的の話を聞いた時、言っていることとやっている事、そのあまりのギャップに横田だってびっくりしていただろ?」
 確かに、そうだった。
「横田もさ。他人の世界にいながら、生き残りゲームをリセットしようとして、その力を得るために自分がナンバーワンになろうと桜丘真尋を撃った。それだってエゴだ。しかも他人の世界を横取りしようとする、傲慢なエゴイズムだ」
 そうかもしれない。そう思うと、何も言い返せなかった。
「俺の役目はエスケイプ。つまり、仮想空間に迷い込んだ意識を脱出させている。表向きは保健医をしてるけどね」
「 エスケイプ……」
「たまに、横田みたいに本物の意識が他人の仮想世界に引き込まれてしまうことがあるから。今回の横田もそうだけど、ひどいと人体にも影響が出るし、最悪死に至る。そういうやつを脱出させる仕事だよ」
「え?」
「あの時、横田が桜丘を撃たなくても、俺は桜丘の攻撃から横田を救い出してたよ。だから、そもそも他人の世界で自分の正義を貫く必要はなかったんだ。そんなの暴力でしかないだろ? 自分が掲げる正義程度のもの、他人の世界で完全に貫き通せるはずなんかないんだから」
「暴力……」
 俺のしていたことは暴力だったのか。
「もし弾が当たってたら、これから先ずっと、横田は苦しむことになってた。そうならなくてよかった」
 ……そうか。あの空間は、そこに登場する人物も含め、完全にマヒロの中にだけ存在する仮想世界で、でもどこかでマヒロ本人と繋がっている。
「仮想空間に引き込まれた意識を脱出させるなんて、俺はまるでヒーローだな?」
 鹿山先生が初めて笑った。そうやって俺は何度も助け出されていたのだ。
「……はい、ありがとうございました」
「エスケイプに任命される人間には条件があって、それは『事実しか見ない特性がある』こと。まぁ、格好良く言えばシンプルなリアリズム。冷徹人間なわけじゃないよ」
「リアリズム」
「正義なんて実は曖昧で流動的なものだけど、事実は目の前で起こった事実しかないからな。起こった物事にどう意味付けして真実を生み出すかは人によるけど、俺たちエスケイプは起こった物事に意味はつけない。エゴイズムの世界に引き込まれてしまった人間の意識を、その事実から淡々と助け出すだけ」
「?」
「ま、もう少し大人になったらわかるよ。もう現実世界へ戻ろう。それにしても、違う世界へたて続けに引き込まれるやつも珍しかったな。横田の今の状態はちょっと深刻だから、ご家族が保健室へ迎えに来られても起きられないかもしれないけど、意識だけは脱出させておくよ。気にせずゆっくり寝てな」
 鹿山先生はそう言って俺の額に手をかざした。暖かく明るい何かに包まれていくようにして、だんだんと意識が遠のいていった。

キーンコーンカーンコーン

「鹿山先生ー、横田くんの荷物です。あれからずっと意識ないんですか」
「お、ご苦労さん、そこ置けるかな。横田はまだ寝てるからカーテンは開けないでね。ナニ、3組の担任は女子にこんな荷物運びさせてるのか」
「席が前後だからって。横田くん1番後ろの端っこで、隣の席がいないから。あと1組の山崎くんも手伝ってくれてまーす」
「へぇ、それにしてもねぇ」
「あの、横田大丈夫ですか? 3組のやつから今日は倒れたから部活欠席って聞いて、荷物持ち手伝いながら様子見に来たんですけど」
「そうか山崎、吹部の部長だったな。そうそう、今日はこんなだから部活どころじゃないし、ご家族が迎えにきたら今日か明日にでも病院行くだろうし、2、3日は無理だと思っておいて。そうなると部活復帰は、早くても来週以降だって顧問に伝えて……あー、山崎。きみはあんまり気にしすぎるな。やっぱり柿本先生には、ちゃんと分かり次第俺から伝えておく」
「……わかりました。お願いします」
「あ、そうだ桜丘」
「はい?」
「何か悩み事があれば、スクールカウンセラーの敷居が高くても、保健室で相談に乗れるぞ。いつでも気軽に来たらいい」
「え? ……はい、ありがとうございます」
「じゃあ二人とも、荷物お疲れさん。気をつけて帰れよー」
「はーい」
「失礼しました」

 ルルルル、ルルル……カチャ
「はい保健室、鹿山です。……あ、そうですか。じゃぁ横田さんは直接保健室に通してください。はい、お願いします」
 ガシャ
 受話器を戻し、薄いカーテンを軽く開けて、ベッド脇に移動用の車椅子をセットする。
「横田くん、ご家族が迎えに来たよ。もう少し、ゆっくり休むといい」
 鹿山恭太は眠っている横田和寿に小さく声をかけた。

【了】

最後まで読んでいただきありがとうございました(梅本龍)

***『escape HERO』(全四話完結)***
Chapter1「Introduction」を読む
Chapter2「Development」を読む
Chapter3「Turn」を読む
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最後まで読んでいただきありがとうございます!