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【小説】KIZUNAWA㉗        中田家の大会前夜

 中田の家では言葉のない静かな食卓を囲んでいた。明日香の元気がなくなって以来、毎日の夕食から言葉が消えていたのだ。中田は夕食が済むとゆっくりと切り出した。
「明日香! お爺ちゃんが今お世話をしている、長野県代表の上田北高校が高校駅伝全国大会を走るんだよ」
「フーン。それがどうかしたの? 私には関係ないもん」
明日香は自分の殻に閉じ籠り、聞く耳を持たない。
「そのチームに西之園達也さんと言う選手がいてね、この方は明日香と同じ様に全盲の選手なんだよ」
「えっ?」
「西之園さんも小学校六年生の時に、事故で視力を失ったけれどハンデを乗り越えて大会に出場するんだよ」
「どうせビリッケツで恥ずかしい結果になるんでしょ」
「それは……」
中田は言葉に詰まった。
「全盲の選手が健常者と走って勝てるはずないもん」
「それはやって見なければ分からないだろう」
明日香の父親は少し厳しい口調で言った。
「そうよ、明日香!」
母親も父の背を押した。
「駄目に決まってる!」
明日香は椅子から立ち上がると壁を伝って自室に帰ろうとした。
「手紙を預かっているんだ」
中田の言葉に明日香は歩を止めた。
「誰から?」
「西之園選手からだよ」
「知らない人からの手紙なんていらない!」
「せっかく西之園さんが書いてくれたのだから、聞くだけで良いから聞いて欲しい。真面目で明るく、友達が沢山いる人なんだよ」
「明日香、座りなさい」
明日香は母の手により椅子に戻された。
「良いかい? 読むね」
中田は達也からの手紙の封を切った。
 
 (明日香さんへ。初めてお手紙を書きます。僕は長野県の上田市で普通高校に通う全盲の西之園達也と言います。明日香さんも僕と同じ全盲だとお聞きしました。僕は小学六年生の時に交通事故で、両親と光を一度に失いました。見えない事が怖くて引き籠り、部屋から一歩も出ない日々を過ごしました。そんな僕を外に出してくれたのは、担任の先生と幼馴染の友達でした。先生や友達の声が僕の背中を押してくれて外に出る気持ちになり、ドアを開けると見えないはずの光を、体で感じる事が出来ました。何時もの街が見えた気がしたのです。その時から友達が僕を支えてくれて、今も普通高校に通っています。
 一歩前に出るのは怖いよね。とても良く分かります。今の僕だって怖くて心が張り裂けそうです。なぜなら健常者と同じレースに挑む事を決めたからです。怖いけれど、隣には一緒に走ってくれる友達がいます。怖さが半分になります。襷を繋いでくれて、僕を待ってくれている仲間がいます。怖さは自然と消えて行きます。僕は一瞬で家族を亡くしましたが、明日香さんには支えてくれる家族がいるでしょう。最初は怖いかもしれないけれど、お父様やお母様、おじい様に助けてもらって、一歩で良いから前に出ようよ。そして学校へ行こうよ、これでまた一歩前進です。点字や白杖の使い方を学ぶ前に、横にいる人と話をしよう! 友達をいっぱい作れば友達の人数分、歩は進むと僕は思います。気が付くと、怖さは何処かに消えていると思います。
 明日香さん頑張れ! 小さな一歩は、大きな夢に繋がっています。
上田北高等学校、西之園達也)
 
 中田は読み終えた手紙を封筒にしまうと言った。
「明日香、明日スタジアムに行ってみないか?」
母親の手が明日香の手を優しく包んでいた。
 
 こうして大会前夜は、それぞれに更けて行ったのである。

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