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『野菜大王』と『文具大王』第4章・パプリカーン

パプリカーンとの出逢い 

前章までのあらすじ
食べ物を粗末にして大王の星に連れてこられた康太は、牢獄の中でカンボジアの少年ネロと友達になる。ネロは鉛筆を万引きして文具大王に摑まったのだ。そして、ふたりの大王裁判が始まった。
裁判の結果、康太は有罪となりファーム行きを命ぜられる。一方ネロは無罪になったが、自分も康太と一緒にファームへ行くと大王に頼み込む。
ふたりを乗せたかぼちゃの飛行船はファームに降り立った。そこで待っていたのは……

農業の厳しさを知る康太

康太達が外に出されると、そこには黄色い頭のピーマンの化け物が立っていた。
「私は、これから君たちの世話をするパプリカーンと言うものだ。私の事は二人とも師匠と呼びなさい」パプリカーンと名乗る化け物が言った。
「明日からここでピーマンを作るの?」康太が聞いた。
「何を言っているのだ。明日からではない。今からじゃ」パプリカーンは怒りだした。
「今から! 種はどこにあるの?」康太が驚きながら聞くとパプリカーンは呆れた顔で言った。
「種まきなどまだ早いわい。まずは土を耕し、たい肥を混ぜてピーマンが育ちやすい環境を整えるのじゃ。ふたりともこの作業着に着替えなさい」パプリカーンは二着の作業着をふたりにそれぞれ渡した。
「何これ、汚くて格好悪いよ」康太が言う隣で、ネロは正反対の言葉を言った。
「すごい、こんな立派な作業着見た事ないよ。ポケットもいっぱい付いていて便利だね」
「着替えたら、そこのクワをもって付いて来なさい」パプリカーンは小屋に立てかけてあったクワを指差して歩き出した。
「こんなの使った事無いよ」康太は重たそうにクワを引きずりながらぼやいた。
「僕は毎日使っているよ」
「こんなの毎日使っているの?」
「道具は便利だよ」ネロがそう言った時、パプカーンは足を止めて、広く乾いた土地に建つビニールハウスを指差した。
「ここがお前たちの畑である」それは二十五メートルプール程の広さのビニールハウスだった。
「先ずは土が乾いているうちに耕しなさい」
「はい!」ネロは慣れた手つきで土を耕し始めた。
「えい!」康太は力任せにクワを土に叩きつけた。
「そんなやり方では体が持たないし、怪我をするぞ」パプリカーンは笑いながら言った。
「だってやった事ないもの仕方ないでしょ。師匠だったら教えてよ」康太の顔はふくれっ面になっていた。
「仕方がない。康太は右利きか?」パプリカーンが聞いた。
「右利きです」康太は素直に答えた。
「ならば、真直ぐ正面を見て立ちなさい。そして、肩幅に足を開きなさい」康太はパプリカーンの言われるままにした。
「次に、右足を半歩前に出し少しだけつま先を開きなさい」
「これで良いのかな?」
「いかにも。クワの柄を右手で軽く握り、拳ひとつ手前に左手を添えなさい。目線はクワの刃先を見つめ、自分の肩くらいまでクワを上げて、クワの重さだけの力で引くように、土を削る感覚で、クワを入れて軽く引くのじゃ」パプリカーンの教え通りに康太は土にクワを入れると力任せにやった時に比べて重たいはずのクワが軽く感じられた。
「軽い! さっきよりずっと軽いや」
「それを何度も繰り返しながら、少しずつ後退して土を耕すのじゃよ、分かったか?」康太がクワの使い方を教わっている間にネロは既にハウスの半分近くも耕していた。
「こらネロ! これは康太の仕事じゃ。その辺でやめなさい」
「えー?一生懸命に働いて怒られたのは初めてだ」ネロは手を止めて言った。

 日が暮れるまでふたりは協力して土を耕した。固く荒れ果てていたハウスの土も少しは柔らかい土に変わったように見えた。
「今日はこのくらいにしておこう」パプリカーンが優しく言った。優しい時のパプリカーンの目は垂れ目になる事をふたりはこの時初めて知った。
「師匠! 明日は種をまけるの?」康太は手を洗いながら期待を込めて聞いたが、パプリカーンは、目を吊り上げて首を振った。
「康太はピーマン以外に食べられないものはあるか?」
「えーと、魚全般と椎茸が駄目」康太は正直に答えた。
「君は筋金入りのわがままだな」パプリカーンは呆れた。
「ネロは何かあるのか?」
「僕は何でも大丈夫です。食べられるだけで充分です」
「そうか。今、夕食の支度をするから、ふたりはシャワーを浴びて隣の部屋で休みなさい」嫌いな食べ物を聞かれたと言う事は、どうせ嫌いな物ばかりの料理が出てくるのだと康太は思っていた。しかし、意外にも出された食事は大好物のハンバーグであった。
「康太は嫌いなものが出てくると思っていたのじゃろう?」パプリカーンは笑っていた。夕食のテーブルは楽しい会話で溢れた。
「ねえ師匠! どうして僕がピーマンを捨てていたのを野菜大王は知っていたの?」どんな魔法を使って調べたのか康太は知りたかった。
「そ、それはじゃな。ガジャジャが報告したのじゃよ」
「ガジャジャ?」康太やネロには全く分からない言葉であった。
「これがガジャジャじゃ」パプリカーンは写真を見せてくれた。そこには羽の生えた小さい人間のような生物が写っていた。
「こんなの見た事ないよ」康太はネロに写真を渡した。ネロも首を振った。
「ごくまれに見える人間もいる。見た人間はガジャジャを妖精と言っているようじゃがな」パプリカーンは笑った。
「ガジャジャは人間には見えない。しかし世界のあちらこちらに生息していて、君たちひとり一人を観察している」康太とネロは辺りを見回した。
「見ようと思っても見えやせん。しかし、ガジャジャは沢山生息している」ピーマンのくせにハンバーグを食べながら清々しい顔で話をするパプリカーンに康太とネロは呆れていた。
「さあ! 明日も土を耕さねばならぬ。早く寝なさい」パプリカーンの言葉に康太は憂鬱になってしまった。
 小屋の夜は静かだったが、ベッドに入った康太とネロはなかなか眠れなかった。
「ネロ寝ちゃった?」康太は暗い部屋でネロに問いかけた。
「なかなか眠れないね」ネロも康太と同じだった。
「ネロの国はどうして貧乏になったの?」
「戦争」康太にはネロの声が悲しそう聞こえた。「ごめん」康太は聞いてはいけない事を聞いてしまったと思った。
「良いよ、昔の事だから。四十年くらい前に戦争があって、人口の四分の一の人が亡くなったって祖父が言っていた」
「ネロのお爺ちゃんも戦ったの?」
「祖父は戦争には行っていないけれど、左の足が無いんだ」康太には話の内容の割に比べて、
ネロの声に元気が戻ったかのように思えた。「じゃあどうして?」「子供の頃に空き地でサッカーをしていて地雷を踏んでしまったんだって」
「戦争中にサッカー?」
「戦争は終わって何年も経っていたのだけれど、地雷撤去の作業が進まずに、残っていた地雷を踏んだらしい」
「怖いね」康太には信じられない話であった。
「今は大丈夫だよ」
「お爺ちゃんは今?」康太は恐々聞いてみた。
「元気だよ。ただ足が不自由だから、父と母と僕が農業を手伝っている」
「何つくっているの?」康太が聞くと、ネロは「康太! もう寝よう」と言って寝返りをうち背中を見せた。

 数日間、土を耕す作業が続き、たい肥を作る日がやってきた。
「今日からは、たい肥を作りじゃ、土に栄養を与える」パプリカーンはふたりを、大きなカメが置いてある場所に連れていった。その場所が近づくにつれ康太は両手で鼻を押さえていた。「師匠! これ何?臭い!」康太は耐え切れなくなっていた。
「何を言うか! お前たちが日々食べている物だろう」
「ネロは知っているでしょ?」康太の問いにネロは静かに頷いた。
「家畜の糞」
「そっか。糞か。糞って何?」康太の学力はかなり低かった。
「うんこ」ネロがあっさり言い切った。
「さて、康太はこのカメから肥料をハウスに運び、土にまく事。ネロはこの山になっている腐葉土をハウスに運び康太がまいた肥料と腐葉土を混ぜて耕しなさい」パプリカーンはそれぞれに指示をした。
「ちっちっちよっと待って。どうして僕がうんこで、ネロが土なの?不公平でしょ」康太は鼻を押さえながら訴えると、パプリカーンの黄色い頭は真っ赤に変色し、目が強烈に吊り上がり言い放った。
「何故かと聞くのか! ならば教えてやる! これは、お前の反省を促す為の仕事だからだ! このたわけもの」
「……」 
肥料を運ぶ康太と腐葉土を運ぶネロ、康太が運んだ人糞と腐葉土を悪臭に耐えながらふたりは混ぜては耕し、たい肥が出来上がる頃には、ふたりの絆が固いものになっていた。

パプリカーンが土を調べ、そして言った。
「さあ! 種をまくぞ」
「やったー」康太は厳しい仕事の終了を考えたが、物事はそんなに甘くは無かった。種をまいても発芽するまでにはかなりの月日も手間もかかるからである。
「約七十センチメートル間隔で土を盛れ! そして五十センチメートル間隔で種をまき、土をかけろ」パプリカーンの指導は完璧だった。
「七十、七十センチ」康太は七十センチメートルをどう測ろうか迷った。
「大体で良い」パプリカーンは呆れた。「発芽まではハウスの温度を二十五度から三十度を保ち、毎日水を与える事」ふたりはパプリカーンの教え通り毎日水やりを繰り返した。
                               つづく


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