〈母の記〉すとれすのうた―母の西瓜
1
すぐに引き取ってください―その医師は院内電話で冷やかに告げたのだった
とほうに暮れた霊安室のわたし 解剖の終わった母を前に
れいきゅうしゃをどうやって呼び、どうやって運んだのだったか
すべてが終わったのに いま始まったばかりのような死者との長い時間
2
すぐに帰ってくるから そう連絡があった心臓の検査入院
とおい病院なので、多忙なので、家族がいるので 気に留めずにいた息子
れんらくは深夜 枕もとでとつぜん鳴り響いたのだった
すっかりやつれはてて重篤(じゅうとく)になって 母、院内感染!
3
すいかばかり食べていたね ずっとずっと前のひと夏
とまどいながら息子は黙っていたけど
れいぞうこを占めていた丸っぽのおおきな西瓜(すいか)
すくっては食べ、すくっては食べだったね ご飯代わりにひと夏
4
すじの通らぬ白い巨塔 多臓器不全の解剖所見は「原因不明」
とりもどしたいよ母を、返してよ母を! たとえ寝たきりでも
れいぞうこを丸っぽの西瓜で埋め 汁一滴でも吸ってほしいよ
すでに亡くなって三十三年 おっかさん、また西瓜の夏だよ
●読んでくださり、感謝します!