〈母の記〉母の最期③
1
通夜が果てました
おかあさん
世界のこの静けさのなかに
あなたの棺を置いていきます
長くはなかったかもしれない
幸福ともいえなかったかもしれない
あなたの一生
家族との時間
今 天に向けてからだを伸ばしているおかあさん
くるしみから 哀しみから 不安から 心配から
もう解き放たれたひととなって
深く どこまでも深くねむるために
おかあさん
この夜のしんとした広さのなかに置いていきます
いつまでもなつかしい顔のまま
あなたのさいごの居場所
この小さなちいさなあなたの棺を
2
三十三年
母はねむっている
わたしの頭の棺のなかで
母はときおり目をさます
わたしはそっと柩の蓋をあける
そして すこし泣く
あなたが息を止めたとき
わたしは泣けなかった
あなたが焼かれているあいだ
わたしは泣けなかった
あなたの骨を埋めたとき わたしは
泣けなかったのだ
十九で家を出るまで
わたしはあなたの乳を吸った
あたらしい家族をもってから わたしは
妻と子らに私の乳を吸わせた
あなたの乳からわたしの乳
せつない管をとおしてあなたの命をつたえた
わたしの頭のなかで
太ったあなたがわらっている
わたしを見てわらっている
八重歯がひかっている
その笑顔にむかって 時おり
わたしはすこし 泣く
●読んでくださり、感謝します!