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永遠のサプライズ #2000字のホラー

私は29歳の派遣社員、野間ルナ子と言います。
婚活を始めて、1年くらい経ちます。

「ルナ子は理想が高いんだよ」
友人からは、よくそう言われます。

私の理想は、普通の人です。

全てが普通という人は、滅多にいません。
たとえば、人間のあらゆる要素を数値化して50%を条件にしたら、条件を増やすたびに1/2に絞られていき、最終的には数パーセントになってしまいます。
実際には特定の傾向や偏りがあるとしても、いずれにしても、真の普通というのはレアなのです。

私が阿部レイジと出会ったのは、とある合コンでした。
どこの店とか、誰がセッティングしたとかも忘れてしまうぐらい、ありふれた普通の飲み会でした。

阿部レイジは、名前の通り、とにかくあらゆる面が普通でした。
きっかけすら普通で忘れてしまいましたが、なんとなく付き合うことになった私達は、週に数回デートを重ねました。

最初は、人気のイタリアンでした。
「よく予約とれたね。ここ、すごい人気でしょ」
「まあ、人気があるってことは普通ってことだよ。人気ってのは、多数派に支持されたという結果でしかないからね」

行列のできるラーメン屋に並んだ時も。
「すごい並んでるね。きっとすごくおいしいんだね」
「いや、凡人の凡庸な舌を満足させる程度に普通ってことだね」
並んでる人達に睨まれたから、この時はやめてほしかったです。

わざわざ出向いておいて、文句を言っているみたいにみえますが、レイジは流行りや人気のあるものに敏感でした。
普通ゆえに、そういうものに吸い寄せられてしまうのでしょう。

「レイジは普通って悪いことだと思ってる?」
「え、思ってないよ」
「じゃあ、なんでそんなに感じ悪いこと言うの?」
「自覚がなかったよ。これからは気を付ける。ごめん」
そう言いながら、レイジの毒舌は変わりませんでした。

そんな感じでしたが、私はレイジが嫌いではありませんでした。
嫌いではないと思える人は私的にレアなので、かなりアリということです。
私たちは、普通に婚約しました。

友人にも聞かれました。
「レイジさんって、どこがいいの?」
「どこって言われてもなあ」
「スペックは悪くないけど、毒舌だよね」
「そこは、あんまり気にならないかなあ」
「ねえ、ルナ子はなんでそんなに普通にこだわるの?」
なんででしょうね。
ちょっと考えて、
「やっぱり、親の影響かなあ」
私の両親は、何気ない日々の平和がなによりという人たちでした。
本当の幸せは、普通の生活の中にあることを体現していました。
とくに裕福ではなかったけれど、私は良い家庭に育ったと思っています。

レイジにも聞いてみました。
「レイジが育ったのって、どんな環境だった?」
「普通だったね。両親がいて、妹がいて」
予想通りというか、とくに何もない、ごく普通の家庭のようでした。
何故、私たちはこんなにも普通に惹かれるのでしょうか。

ある日、レイジが言いました。
「人生で一度くらい、普通じゃないことをしてみたいんだ」
「普通じゃないこと?」
「俺は普通の凡人だから、何をしても普通になってしまうんだ。自分で普通じゃないことを考えようとしても、思いつかないんだよね」

確かに、本当に普通じゃないことって意外と思いつかないかもしれません。
炎上系ユーチューバーみたいに奇をてらうのは、陳腐を通り越してもはや腐臭を放っています。
私はレイジのために、普通ではないサプライズを考えることにしました。

しばらくたって、私たちは結婚しました。

それから、長い長い月日が経ちました。

今、レイジの人生が終わろうとしています。
私は、死の床につくレイジの手を握ります。

すっかり老けたレイジが言いました。
「ルナ子のおかげで、いい人生だったよ」

普通だけど、いい人生だったよね。
そう言うと、レイジは笑います。

「普通? 全然そんなことないよ」

――死者と結婚したのは、どう考えても普通じゃないよ。

……

結婚式の前日、ルナ子は不慮の事故で、あっさりこの世を去ってしまった。

彼女は結婚式に普通じゃないサプライズを用意すると言っていたが、それは永遠に謎のままになってしまった。

まさか、こんなサプライズが待っているなんて、とんだ皮肉だった。

ルナ子を失って、初めて彼女がかけがえのない人だったと気づいた。
自分は普通だから、手に入れたものも、どうせ普通だと思っていた。
自分が好きなものは、普通だから無価値だと思っていた。
どうせ普通だから。
特別な存在だったのに、気づいていないだけだった。

それから、俺の人生は全く普通じゃなくなってしまった。

でも、ルナ子が側にいてくれるなら、それでいいと思った。

……

「102号室の阿部レイジさん、今朝亡くなりましたね」
「あの人、確か独身でしたよね? 左手の薬指に指輪してましたけど」
「それがね、婚約者を亡くされてから、ずーっと独り身だったんですってよ」
「なんかそれ、寂しいですね」
「でも、亡くなったときのお顔は、穏やかだったそうですよ」

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