国府教区学習会、質疑応答
昨年度3月11日に開催を予定していた国府教区は、急遽延期となっていましたが、7月10日に開催されました。
「ありがとう」 という言葉のイメージ
Q 「おかげさま」「ありがとう」という言葉。立ち上がろうという気持ちを抑えられているように感じる。社会、世の中に立ち向かおうとする気持ちに対して「まあまあ」と言われているような思いがある。そこから先に進まないというイメージ。
Q 門主制度と住職の世襲制に何か問題があるように思う。
ご消息を依用しない事はできるのか
Q なぜわかりやすく作ったのに、解説書がつくほどにわかりにくいものとなったのか。
Q ご門主さまを盾に使っているように感じる。ご消息が変えられないと仰るが、ご消息の扱いを変えた前例があるのではないか。
Q 三好総務はもともとの立場として、総務になって門主制度への考えが変わったように思う。
Q 領解文に代わるものというけれど、はじめは領解文と併用するという話ではなかったのか。
蓮如上人にケンカをうっているのか
Q 門徒推進委員です。ご門主が蓮如上人にケンカを売ったように感じる。
Q どうも納得できない。なぜ「新しい領解文」を作られたのか。他の名前でも良かったのではないか。
ご門主の権限に「制定」はない
Q 「ご門主さまが制定」と仰るけれど、ご門主に制定するという権限はあるのか?制定の権限があるならば、制定を解くという事もできるのではないか。
Q では、書いたのはどなた?
Q 勧学寮の寮員和上方が、はじめ「新しい領解文」を不承認としたという事実がある。それを室長と前寮頭がお会いして、解説付きの承認に変わった。寮員和上方は最初これを見て驚いた、さらに承認となって驚いたという話をある和上から聞いた。大田和上もよくご存じだと思う。この前寮頭と室長のやりとりというのは、ご門主と勧学寮の仕事を妨げたことになる。なのでこれは不正が行われたと言えるのではないか。ボイスレコーダーも議事録も公開されていない。慣例といって室長が入ってきたのは良いが、不承認を承認に変える事はやりすぎで、権限以上ではないか。
Q そうではなくて。不承認という決裁がないだけで、問題点有りという指摘があった。そこに室長が入って承認に変わるところに問題があるように思う。その時点で読みにくい文章をちゃんと修正すればよかったのではないか。
Qそれは違うのではないか。「大丈夫だ」にはなっていないのでは。
Q なぜ消化しようと思ったのか。
「救いの喜び」 の方がわかりやすかった
Q 『拝読浄土真宗のみ教え』は親鸞聖人750大遠忌法要の事業の一つとして出されたもの。この中の「浄土真宗の救いのよろこび」。これは領解文を現代風に優しくした言葉と書いてある。今回はわかりにくい。どうなっているのか。
なぜ間違いを認めないのか
Q 国府教区が最後。ここまで全教区で手続き上、教義上の問題点が指摘されている。それでも強硬に進めているように見受けられる。立ち止まって検討や見直しはあったのか。
Q 17期中央実習の折りに、三好総務が宗会議員に出られるというお話をわれわれにされた時、当時、日本国の総理が法律上の解釈、手続き上の解釈をいう事で、瑕疵はないと色々なものを強硬に進めていた。その時の講義の内容で、一つ、至った結論が、「権力は100%腐敗する」という事だった。その腐敗を止める為に、あるいは内部に入って我々に伝えて下さるという事を思って、三好総務は「決して裏切りではない」という言葉を残して1年で講師を去られた。ただ、今見ていると、その動きというのは、当時の国の総理がとられた手法と同じで、上意下達、黒をどこまでも白と言い切る、間違いを認めない、訂正もしない。その動きについて私個人は、非常に怒りを覚えている。今後、問題のあるこの「新しい領解文」をどうされるのか。
Q 宮崎教区の学習会での指摘もあった。「勧学・司教有志の会」からも様々な間違いの指摘がある。そういう意味での間違い。
Q その手法がまったく当時の国の政府が行なってきたものと同じではないか。
Q 我々は民意のはず。密室で決められた。総局で内事で決められたものは密室そのものではないのか。手続きも表に出されない、我々からみれば真っ暗闇の中で決まったものが突然出てきて、それは明らかに違和感を覚える。それをそのままの形で、この学習会もそうだが、聞きなさいというという事はあまりにもおかしいのではないか。
Q 「新しい領解文」。突然発布されてきて。
Q どうしてこれほど反対意見があるとお考えか。
「自力の心をふりすてて」はどこへ
Q 内容について。領解文は「もろもろの~」と始まり印象深い。「雑行雑修自力の心をふりすてて」はとても強い言葉だと感じる。これは「新しい領解文」のどこと繋がっているのか。
安居にも見える忖度はこれからも続くのか
Q 文章が文章になっていない。「風がふくゆえ桶屋がもうかる」という話があるが、それを何度唱えたところでその内容はわからない。同じようにして、「私の煩悩と仏のさとりは本来一つゆえ」このように読んだところで、言葉はわかりやすいが文章として成り立っていない。チャットGPT、スマホなど現代人は使い言葉にふれている若者がこれを見たら、文脈をよく見るので、主語がおかしい、述語がないといって、まず親和性はないと思う。なので、もし続けるのであれば修正していただきたいと思う。ところが修正はしないようだ。そうであれば、これを今度は認める方と認めない方がでてくる。ここで忖度があるのか。特に安居の講師を選ぶにあたり、ある勧学寮の和上が学者方に、「新しい領解文を認めるのであれば司教にあげる。そして安居の講師を頼みたい」と仰ったそうだ。言われた方々は、「司教になるのは数年間かけての審査があるのではないのか」と、不正に手を染めるような気持でおられ、大変苦しい思いでおられたそうだ。このような話を外から聞いていると、認めるものと認めないもので、本山や本願寺派の態度が変わるのかと思う。
Q 苦しんでいる人がいる。事実だったらどうか。事実だったら問題か。
ご門主やご家族が心配
Q ご門主さまがお晨朝にお出になられない。それはこの騒動のせいなのか。前門さまが出られるのは見られる。止みにやまれぬ思いで出ておられるのであればつらいなと感じる。同時に、お子さまがどんな気持ちなのか、多感な時期を思えば、われわれも心配になる。心配しているという気持ちを伝える。
A ご門主さまは激務。宗務上の日程調整を行った上で、月何回と決められている。日中法要、逮夜法要等もあるので、調整しながら行っている。ご理解いただきた。(中井部長)
総長選、白票より少ない人が総長になれるのか
Q 本願寺新報を見て驚いた事がある。総長選挙の件、どうも「新しい領解文」が関わっているように聞いている。75人が投票されて27名、3分の1しか信任されない人が、総長に選ばれている。世間では、候補者を入れ替えて選挙でやり直すと思うが、本願寺というのは3分の1しか信任がない人を総長にするのか。どうもご門主が決めたのでそれに従えというように聞こえる。どうなのか。
Q ご門主が推薦された方は、1票でも2票でもそれで決まってしまうのか。
Q 白票というのは批判票、反対の表明。反対の方が半数近くおられても決まってしまう。そういう風に宗門の決まりがあるのか。おかしい。
推進側の執行部は文章を理解しているのか
Q これで32教区終わり。ありがとうございました。お疲れ様でした。ほとんどの教区の学習会の様子を聞かせていただいた。多くの教区で9割以上が批判、疑念、困っているという声があったように思う。私も同じ思いだ。沖縄でも門徒をやめたいという方がおられた。この問題は現総局でかたづけていただきたい。未来にこの問題を送る事のないように処理していただきたいと本当に思う。それでここまで32回学習会があった。わかりやすい文章をわかりやすくするための講義。その講義に一番出席されたのは中井部長、その次は三好総務。いち住職としてお聞きするが、おふたりはご門徒に「本来一つゆえそのまま救うが弥陀の呼び声」の部分、どのように説明されるのか。推進側なので、この意味を聞かれると思う。一番の責任者でもおられる。学習会をたくさん受けて来られた三好総務と中井部長はもちろん成果がアップしているわけだが、聞かれたらどのように応えられるのか。わかりやすくないと説得力がないという事になってしまう。
Q いや、「私の煩悩と仏のさとりは本来一つゆえ」のこの部分。この部分がわからないと言って、空の説明など色々として下さったが、それを受けて三好総務は「それはね」と言って答えて下さるものと。
Q それでは説明になっていないのではないか。拡大解釈と言われたらどうお応えされるのか。推進側がわかりやすいと言って作られた文章。わかりやすいと言って開いた学習会。事業主側が答えられないとなると問題ではないか。問題にしたいわけではなくて、お二人から言い答えが聞ければそれを参考にすることもできる。
Q 中井部長は?
Q 答えをいただけないのであれば、残念。学習会の最後で答えをいただけなかったという事。
全教区でどれだけの賛同者がいたのか
Q すべての教区を回られた。その上で、どの程度賛同を得られたのか、受け止めを教えていただきたい。
Q それを受けて、今後どのような活動をされるのか。
A 学習会の総括というわけではないが、取りまとめという事は、当然この後に。この「新しい領解文」についての取り組みに関して、総合研究所と勧学寮と、ご理解いただける方法はないかどうかと検討する。(中井部長)
意見
・執行部も「新しい領解文」の内容を説明できていない。どうしようもない。
・ご門徒をやめるという話もでてきた。総局はどのように責任をとるつもりか。
・この問題の責任は、ご門主にあるのではなく、現代版領解文事業を計画し進めてくる中で、他の意見をきちんと聞かずにこなかった総局にある。修正する機会は、制定方法検討委員会での委員の発言、勧学寮があげる問題点指摘、宗会での反対意見などたくさんあったはず。
・総局は勧学寮が認めたと言うが、この問題で、勧学寮員が2人も辞めている。それなのに、問題がないはずはない。
・安居にも影響している。司教論文の審査が1年もされていないのに司教となり、さらに安居の副講を任されるという事が起きている。本願寺、本願寺派、安居、すべての信用、評価が下げられてしまった。
・「全教区の学習会9割9分でご理解いただいているとは思わない」と聞いて、安心した。
・宗門がどんどん傷ついている。み教えがどんどん汚されていく。皆さんそのように思っている。
・勧学寮と勧学司教有志の会と一枚岩になってほしいと思う。
・ご門主に学習会の様子がきちんと伝えられていないのではないか。
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