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声と現実の間に

『もしもし?綾子?』

『うん』

『会える? 今日、そっち行くから』


電話を切った私は、少しの不安と罪悪感、そして未知の展開に高揚していた。

とうとうこの時が来た。

初めて現実の彼に会うのだ。

それまでは電話でしかやり取りしていなかったから、実際に会うのはドキドキする。いや、厳密には、彼の声を聞くだけでもうドキドキしていたのだけれど。

彼の声は低くて渋くて、要するにものすごく好みの声で、顔も知らないのに声だけで好きになってしまったのだ。

初めはSNSで知り合い、そのうち仲良くなってお互いの電話番号を交換して。それからは電話で話すようになった。いろんなことを話した。お互いの家のこと、仕事のこと、家族のこと、悩み。何度か話すうちに、私の気持ちは自然と彼の方へ傾いていった。

そんなことあり得ないと思うかもしれないけど、実際そうなんだから仕方がない。

家族には買い物に行くと嘘をついて出かけ、待ち合わせの場所へ行った。銀行の駐車場だった。

彼の自宅と私の自宅は、同じ県内だけれど70㌖ほど離れていて、この日は彼がわざわざ車を飛ばして会いに来てくれたのだ。

彼の車に乗る。容姿は聞いていなかったけれど、すぐに彼だと分かった。

『いいよね?』

『うん…』

これからホテルに行くのだ。

それは分かっていた。初対面でホテルに行くなんて、そんなことをするのは初めてだったけれど、なぜか彼ならいいと思えた。

部屋に入っていきなり抱きしめられる。

そして彼の舌が入ってきた瞬間、私の身体は警告を発した。

(う、気持ち悪い…)

その嫌悪感は最後まで消えることなく、私を襲い続けた。

それまでお付き合いしてきた人にはそんなこと感じたことがなかったから、驚いた。

別に息が臭いとか、何か異常な性癖があるとか、そういうことではない。

ちょっと額が後退してはいたものの、そんなことは問題じゃない。中肉中背でお腹が出てるとかでもなく、ハンサムだし、優しいし、面白いし、特段言うことのない人だ。彼は私を好きだと言ったし、私も彼が好きだった。

何より私は彼の声が大好きだったのだから。

これから上手くやっていけると思っていた。

でも、なんだろう、何がいけないのだろう。

私の身体の何かが、彼を拒否するのだ。


これが相性というものなのか。


その後も電話がかかってきたけれども、私は二度とできる気がしなかった。私のお断りを彼は受け入れてくれた。

私にとっては幸いなことに、彼はじきに異動になり引越して行った。簡単には会えない遠いところへ。

それきりもう会うことはない。


このことで私は、身体を繋いでみて初めてわかることはあるのかもしれないと思うようになった。


Fin.


* 追記

小説に挑戦するのは初めてだったのと、結末をどうするか悩んでいたので、長い間下書きに入っていました。スッキリ終わっていない気もしますが、これで公開します。

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