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【小説】井上真偽『アリアドネの声』

【あらすじ】

救えるはずの事故で兄を亡くした青年・ハルオは、贖罪の気持ちから救助災害ドローンを製作するベンチャー企業に就職する。業務の一環で訪れた、障がい者支援都市「WANOKUNI」で、巨大地震に遭遇。ほとんどの人間が避難する中、一人の女性が地下の危険地帯に取り残されてしまう。それは「見えない、聞こえない、話せない」という三つの障がいを抱え、街のアイドル(象徴)して活動する中川博美だった――。
崩落と浸水で救助隊の侵入は不可能。およそ6時間後には安全地帯への経路も断たれてしまう。ハルオは一台のドローンを使って、目も耳も利かない中川をシェルターへ誘導するという前代未聞のミッションに挑む。

『恋と禁忌の述語論理』でメフィスト賞を獲りデビューした著者。
発売当時に読んだが、正直クソつまらなかった。
個人的に見逃せない大きな瑕疵もあった。

けど、第二作となる『その可能性はすでに考えた』が僕のツボに突き刺さり、続く『聖女の毒杯』は期待を遥かに超える傑作だった。
『その可能性はすでに考えた』は本ミス5位。『聖女の毒杯』は本ミス1位と世間からも高評価を得ている。

以降はランキングを沸かせるような作品はなかったが、本作『アリアドネの声』は十分戦える1冊となったのではないだろうか。

平易な文章でスラスラ読め、スリリングな展開の連続でページを捲る手が止まらず、最後には全ての謎を解決する一撃が待っている。

耳が聞こえず、目も見えず。さらには言葉も発せない。
そんな女性をドローン一機で救助する。
不可能に思える局面だが、主人公はあの手この手で意思疎通を計り、目的地まで着々と誘導していく。
その過程で何度も迫り来る障害を、亡き兄が残した「無理だと思ったらそこが限界」という言葉を自分に言い聞かせ、乗り越えていく展開は、メチャクチャ熱いスポコン物を読んでいる気分にさせられる。

本屋で買って導入だけ読もうと喫茶店に入ったのだが、気づけば読み終わってしまっていた。
それくらい没入感のある物語。

そして、おそらく本書は、昨年刊行された話題作、夕木春央『方舟』と比較されることが多くなると思う。
階層で区切られた閉鎖空間で浸水が始まり、タイムリミットまでに脱出を試みる。
コレだけ見ればモロ被り。

ただ、読後感は全く違う。

『方舟』はロジック偏重のフーダニットミステリであり、その果てに訪れる反転は人の厭なところを剥き出しにするドス黒いもので読後は暗澹たる気持ちにさせられる。

対して『アリアドネの声』は三重苦の女性をどのように救助するかというハウダニットに焦点を当て、救助していく中で湧き起こる疑問を最後の一撃をもって氷解させる。その一撃は、ミステリとしての愉しさを持っているのはもちろん、胸が締め付けられるほどの感動をも、もたらしてくれる。

言うならば『方舟』は《絶望の物語》であり、『アリアドネの声』は《希望の物語》である。

本格ミステリとしての純度で言えば『方舟』に軍配があがるが、読み物としての面白さは断然こちらが上。

本ミス、このミスで是非とも評価されて欲しいと願わずにはいられない1冊。

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