【小説】夕木春央『十戒』
【感想】
昨年、『方舟』が各方面で話題になり、その熱も冷め止まぬうちに刊行されたのが今作。
正直なところ、『方舟』が”各方面”で評価されたというのは意外だった。
というのも、内容はガチガチのロジック偏重の本格ミステリであって、エンタメ性には乏しく、一般層への求心力がさほど高いとも思えなかったから。
確かに、ラストで訪れる、今まで見てきた世界が壊されるほどの反転は見事ではあったけど、そこに至るまでの道筋は割と単調ではなかったか。
しかし、世間は僕が思っていたより本格ミステリに優しかった。
各メディアでも取り上げられ、著者の代表作ともなっただろう。
そんな『方舟』から一年足らずで刊行されたのが本作『十戒』。
同じ版元で、似たようなタイトル。装丁も似通っている。
講談社がガチで売る気で戦略を立ててきたのは間違いない。
だから少し不安だった。
『サーカスから来た執達吏』で著者の才能に惚れた身としては、使い潰され、消費されて欲しくないという独り善がりの願望さえ抱いていた。
もし、本当に書きたかったものを抑え、『方舟』と似通った設定の現代物ミステリを書かされているのだとしたら。
もし、それが設定だけ寄せた、つまらないミステリだったら。
一般層はいとも簡単に背を向けてしまう。
どんなに本格ミステリマニアが「違うんです!氏の真骨頂は時代物なんです!」と言ったところで聞く耳はもたれない。
“一発屋”の烙印を押されてしまう。
だから、この短いスパンで似通ったミステリを出版するのは危険だと思ったのだ。
果たして結果は。。。
僕がゴミでした。
何を上から偉そうに心配してるのだろうか。
気色悪くて反吐が出る。
構図の反転による酩酊感こそ前作に軍配があがるが、ロジックの単純性と確実性がグッと上がり、非常にリーダビリティの高い一冊になっている。
一部読者の反感を買いそうな趣向は、麻耶雄嵩の某作と似通っている気はしないでもないが、掟破りとされるこの趣向は最早掟破りの体を成しておらず、どう調理しフェアに持っていくかという次元の話。
それを著者は見事に調理してみせた。
真相だけをとって、「ルール違反だ」と喚く人たちは時代錯誤のご老人くらいだろう。
そして最後の最後に、もう一つ隠されていた趣向が明かされる。
事件の構図に影響を及ぼすものではないけど、非常に楽しい仕掛け。
ほんの少し、仄めかす程度。
この塩梅がとても気持ちいい。
出版社サイドの要望なのか、著者の構想あっての示唆なのか。
どちらでもいいけど、これを見せられてしまったら次も期待してしまうよ?
けど次はやっぱり時代物ミステリが読みたいなぁ。
だって未だに『サーカスから来た執達吏』が著者のベスト作品だと思ってるからね。
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