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蜂より小さな、ロスの自分。

ホームレスか、薬中か、
彼はそんな出で立ちだった。夜中のメトロでは、何も珍しいことではない。むしろ今夜はいつもより静かに感じた。

彼らは、蜂によく似てる。その辺から持ち寄ったがらくたを集めては、勝手に巣を作る。しかも結構頑丈な。ダウンタウンのホームレス街では、結構いいスピーカーが結構いい音楽を流している。そんなところでも聴かれているディアンジェロは本物だ。もっとも肝心なところは、こちらが危害を加えなければ、あちらも危害を加えてこないということだ。自分たは、彼らを見たら無条件に警戒して、肩を上げてしまう。それはきっと、どちらのせいでもないんだろうけど。

だからロサンゼルスで約一年生活して、肩の上がらない自分を地下鉄の中で見つけた時は、成長を感じた。自分はすっかりこの蜂たちに慣れたんだと思っていた。
ただその夜について言うならば、それは日常に疲れて肩を上げる気力すら残っていなかったと言った方がいいかも知れない。自分は最近、「No」と言えないが故にキャパ以上を抱え込んでしまっていた。なんとも日本人らしい悩みだと、自分でも呆れてしまう。ましてやそれを一つひとつ取りかかればいいのに、同時進行させようとしてしまうのだから、自分の行動に頭を抱えてしまう。ただ断ってしまうと、その人の期待を裏切ってしまうようで怖かった。断ったら、この関係が切れることを見過ごしているようで。

そんな時にホームレスの彼の手が、自分の肩にかかった時は、頭がずーんと重くなった。こんな時に何なんだ。何もしてないのに。どうせライターか小銭をせがんで来るんだ。そんな考えを、ずんと重い声が断ち切ってきた。心なしか、後ろで尻尾の針をちらつかせているように感じた。
「なぁ、そのスケートボードいいなぁ。ちょっと見せてくれよ。」
終わった。あぁもうこれはパクられる。この間もらった、シンプソンズの赤ちゃんが両面に模された小さめなボードを見て、また気分がどっと落ちる。ボードの赤ちゃんと目が合って、あたかも「助けて」と言われているようで申し訳なくなる。でももう遅い。ボードを手に取って、"本当に見せるだけ作戦"を決行した。適当に両面を見せて、へへーって感じの空気を流してみる。まぁ一応見せたし。これで満足するだろう。そう思ったのも束の間、その蜂は素早くボードを掴んでいった。
あーあ。やられた。もうこのボードで頭を殴られて、次の駅に着いたら走って逃げられるんだ。海外保険入ってて良かった。そんな事を考えながら、かつ諦めながら彼を見ると、「両面にプリントしてあるのか。可愛いなぁ。なぁ、これ可愛いよなぁ?」と、今まで全く気付かなかったが、彼の奥に座っていたプラスサイズの、カビゴンで言えば痩せ型の女性に話しかけていた。ホームレスのカップルかな?だとしたら、どんな状況でも愛し合える、お金やモノじゃなくて「性格」という武器しか持ち得ない彼らは、ある意味最強なのかも。
「大丈夫だよ、取らないから。」
彼はそれを寝言のように繰り返しては、すっと自分にボードを手渡した。そしてその言葉でハグをするように、彼は優しく、
「Stop being so afraid.」
と言って、彼女にもたれかかっては数本しかない前歯を見せて笑った。

彼は幸せそうだった。確かに服も汚いし、前歯もないし、恐らく家もない。だけど隣には愛する人がいて、1日の最後にその人と一緒に笑って過ごせている。

お金もあって、家も歯もあって、不自由なく暮らせている筈なのに、自分は彼からの「そんなに怖がるなよ」がまだちくりと痛かった。

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