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マイケルジャクソンに憧れた少年がベガスで彼のダンサー達に認められる話③

もうなんとなく、自分の「マイケル人生」はひと段落したように感じていた。もうこれ以上のことはないだろうと思っていた。マイケル本人の振り付けやバックダンスを担当した、伝説的なダンサー達と仕事をさせてもらえたらそう思っても無理はないだろう。正直、飽和状態だった。


ではこれからどうしたいのか。「マイケルになりたい」という11歳からの夢は、なんとなくだけど叶った。これ以上どうやって、もういないマイケルに近づけばいいのか分からなかった。なんとなく悶々としていた。

そんな時に出会いはある。

ある日の朝、ゆっくり本でも読もうといつもより少し離れたカフェに行った。

そうしたら見た事のある後ろ姿があった。もしかして、と思いゆっくり回り込んでみると、それはダンスエンターテイナーの仲宗根梨乃さんだった。梨乃さんとは日本で何度かお会いしていて、ロスに来たての頃からかなりお世話になっている。梨乃さんもマイケルのマジックに感化されてダンスを始めた人物だ。マイケルが繋いでくれた大切なひとの一人。しばらく会っていなかったので、話は弾んだ。近況報告も落ち着いてきたところで、梨乃さんがぽつりと

「そう言えば、マイケルのダンスチャレンジあるって知ってる?」

初耳だった。すぐにその場でオフィシャルサイトのリンクを送ってくれたので、二人で目を通してみる。どうやらTikTokにマイケルを踊っている動画を投稿する予選、そこからラスベガスにあるシルクドソレイユの劇場で本選、といった流れらしかった。どうやら本選では、マイケルのバックダンサー達が審査員として観てくれるみたいだ。

「ジェフなら絶対いけるから、ちょっとやってみたら?」

梨乃さんからそんな事言ってもらえたら、やらないわけにいかない。すぐに家に帰って、携帯をセットしてマイケルのダンスを撮った。それ自体は、11歳の頃から何も変わらずやっていることだ。埼玉の田舎にいようが、バージニアにいようが、ロサンゼルスだろうが、全くそこは変わっていない。久々に踊るマイケルは、やっぱり楽しかった。こんなにも変わらない、むしろ高まっていく興奮があるのか。自分はマイケルのアートでしか、それを味わったことはない。身体が音と動きを記憶していて、懐かしくもあるし常に刺激的。無理をしていないから、息もなかなか切れないし、汗だってさほどかかない。それほど自分の身体に自然に馴染んでいる。


ダンスクラスに通っていた日々にはなかった、久々にマイケルの音楽と向き合う時間が訪れた。毎日「今日はどのマイケルを踊ろうか」と考えているのが、小学生の頃と何も変わらずに笑えた。どの曲も素晴らしいし、踊りたい。コンテストの期間中は、まるで10年前にタイムスリップしてしまったかのようにマイケルのことばかりを考えていた。「いいね!」の数はほとんど気にしていなかった。選ばれるかどうかよりも、とにかく楽しくて、気持ちがよかった。


それから少し経った頃、友達の遊んだ後に一気に身体がだるくなった。これは疲れが溜まっているのかも知れないと思い、ベッドに横になりながらTikTokを開く。するとそこには見慣れないメッセージが入っていた。

「おめでとうございます!ラスベガスで行われるダンスコンテスト本選出場者に選ばれました!」

鳥肌が立って、声も出なかった。それは何度読み返しても公式アカウントからで、ラスベガス行きへのチケットを意味していた。すぐにその日遊んでいた友達に連絡して、これは夢じゃないかを確かめた。またマイケルを、憧れの人たちの前で見てもらえる。それだけがとにかく嬉しかった。

まだまだ興奮が収まらなかったが、とにかく身体がだるかったので寝ることにした。

次の日の朝、しっかり熱があるのが分かった。嫌な予感がしたのですぐに予定をキャンセルして、近所にあるコロナテスト会場を予約して診てもらった。だるさはどんどん増していたので、コロナ陽性の結果がメールで届いたその日の夕方には、「やっぱりな」といった感じだった。このご時世、誰がいつかかってもおかしくないし、疲れが溜まっていたのもあり観念したように布団を被る。濃厚接触者になりかねない人達に連絡をして、ふぅと一息ついた時、ゾッとした。

「ベガスどうするん!?」

コンテストまで2週間強。つまりぶり返したり、治りが遅ければ出場できない。かなりギリギリだが、これは気合いで治すしかない。やるしかないのだ。マイケルのことになると、僕は自信があった。これだけ好きなのだから、全て上手くいくはずだ。不安というより、2週間何もせずに休めるという喜びが強かった。

そこから二週間は、とにかく好きなことをして過ごした。そんな長い間自由だった時は、最後いつだろう。思い出せそうにもないくらい、毎日を予定で塗りつぶしていた自分にとって、至福の時だった。懐かしいディズニー映画、日本のドラマ、お気に入り登録して聴けていなかったアルバム。身体の不調と反比例するように、心はどんどん落ち着いて、大きく伸びをして深呼吸をしているようだった。今更ながら「ルームツアー」なるものにハマり、30軒くらいにお邪魔した。

そんな自由極まりない期間を経て、ついに3日後がベガス。長い間外的要素を遮断していると、自分の身体の調子がよくわかる。だからコロナ陰性の結果が来ることも分かっていたし、気持ちをベガスに向けて合わせていた。

やっと踊れる。やっと好きな人達の前で、マイケルの前で、気持ちを届けることができる。今までずっと観てきた人達。マイケルの隣で、スーパーヒーローのように輝いていたあの人達。やっと。やっと。

まだ起き抜けの身体中の筋肉を叩き起こし、午前7時、ベガス行きの長距離バスに乗り込んだ。

ヘッドフォンからガラスの割れる音。爆音で"Jam"を流し出した頃、バスはゆっくり動き出した。

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