見出し画像

雪の日の奇跡

僕は東京のある区に住んでいる。まだコロナなんて言葉を誰も知らなかった数年前、東京では珍しく、かなり積もる雪が降った。普段雪に触れる事の少ない子供達は大喜び、大人達は自宅前の雪かきに追われた。この話は、その翌日に起きた、ささやかな、本当の話だ。

予報通り、朝から雪は凍りつき、通勤するには滑りやすく危険な状態になった。環状何号線とか、大きい道路はすぐに雪はなくなる。だが自宅前の道でもない限り、細い道は雪かきの手も回らず、どうしても雪がそのまま放置される。だからいつもより早く出勤しても会社に着く頃にはいつもより遅い時刻になった。電車が遅れるからだ。東京は雪に弱い。でも、僕たちはその状況に慣れていた。

仕事が終わっての帰り道、細い道にある近所の歯科医院の前に、一台タクシーが止まっていた。なぜか2、3人の人がそのタクシーの周りを囲んで立っている。どうしたんだろう?と思ってそこを通り過ぎようとした時、そのタクシーの後ろで立っていた僕より10歳くらい?年上の女性が僕に話しかけようと口を開いた。「ねえ、アンタも悪いけど手伝ってくれない?身体大きいし、手伝ってもらえると助かるの」と多分言おうとしたんだと思う。だが、彼女が言葉にする前に僕は状況をすぐに理解して、反応した。「あれ、これは大変そうですね。後ろから押すんですね?」そう、たまたまお客さんを下ろした後、路面凍結した細い道を通らざるを得なかったタクシーが、後輪を氷の狭間に取られて身動きが出来なくなっていたのだ。

僕たちはタクシーの後ろに周り、その女性の方や他の何人かの人と一緒に、せいの!と車を押す。その瞬間に「運転手さん、アクセル!」と声が飛ぶ。動き出したか、と思いきや、何回かタイヤを回しているうちにその部分の氷だけがゼリー状に溶けていてタイヤは空転、元の場所に戻ってしまう。勢いで横の歯科医院の外装の周りに植えてあった木にぶつかり、木が倒れそうになる。僕の横にいた女性が「大きな男の人がいても無理かあ」と、ちょっと諦めに近い声を出した時、僕は閃いた。多分20年以上前に教習所で習ったのか、テレビで見た豆知識を思い出したのか、分からないが、みんなが一所懸命なこの状態で、何かできる方法はないか、と考えていて急に思い出したのだ。

僕は言った。「運転手さん、自分のシートの下の所にマットがあるでしょ? それを持ってきてもらえませんか?」運転手さんは、一瞬ポカンとした風だったが、あっと思ったのか、すぐに座席から降りてフロアマットを取り出し、手渡してくれた。「じゃあ、運転手さんは運転席に戻って、僕が合図したらアクセル踏んでください」「はい、わかりました」僕はそれを後輪の直前の氷の上におき、可能な限り押し込んでタイヤに噛ませた。「じゃあ行きましょう、運転手さん、アクセル!」後輪が回り出し、フロアマットに乗り出した。あ、上手くいくかな、と思った瞬間、もの凄い勢いでフロアマットがタイヤに押し出されて車のはるか後方まで飛んで行った。

「ありゃりゃー、マットが滑っちゃいましたね。運転手さん、次はアクセルを緩やかーに、徐々に徐々に上げていってください。」もう一度チャレンジ。後輪がマットを徐々に噛んで行き、完全に乗ったところでマットのはみ出た部分を僕は片足で踏み込んで動かないようにし、もう片方の足はマットのブレーキになるように囲い込んだ。すると様子を見ていた周りの人たちがタクシーを後方トランクの部分から押し始めた。「せーの、せーの、せーの!」よっしゃあ!というみんなの声と共に、タクシーは窪みから抜け出すことに成功した。気が付いた時には周りにいる人たちは3〜4倍の人数の10数人になっていた。みんなが各々の方法で協力し合っていた。そこに、僕と同じアイデアだったのか、ダンボールを持ってきた人たちも現れた。

タクシーの運転手さんは座席から降りてきて、「すみません、すみません、みなさん、本当にありがとうございます」と言いながら自分のどう見ても個人の財布から数千円を取り出し、言った。「これで皆さん、何かメシでも食べてください。」

すると、車の前の方で車を引っ張ってくれていたご高齢の男性が、ちょっと諌めるように言った。「いいんだよ、いいんだよ、そういうのは。そういう為にやったんじゃないんだから。」周りの人も一斉に「お金じゃないんだよ、いいんだって」「いいからいいから」とそれぞれが声を上げ始めた。それを聞いた運転手さんは、本当に感謝の表情を浮かべながら「本当に皆さん、ありがとうございました」と財布をしまい、何度も何度もお辞儀をして、車に乗って去っていった。

僕は、その時既にいい歳したオッサンではあったが、まるで小学生のように何だか誇らしい気持ちになった。そしてその後、最初に集まっていた人たちを含め、みんながそれぞれの帰途に着くのを見て、気が付いた。そう、誰一人、知り合いだった人はいなかったのだ。同時に、最初に「いいんだよ」と第一声を発した男性の、諌めるような優しい口調に、ジーンとした。全くの見ず知らずの人たちが困っている人のために協力して助けた。ただそれだけの話ではあるのだが、僕は自宅に向かいながら、「日本人の人情って、マジで捨てたもんじゃないな」と胸が熱くなった。そういえば、木を傷つけられた歯科医院の先生も騒ぎに気が付いて出てきていたが、木を見ても何も言わなかった。

見ず知らずの人同士が、協力し合って、困っている人を助ける。この国は、この社会は、そういうことができる国であり、そういうことができる社会だ。恐らく、この日本でなくても皆同じことをするだろう。人間はそういうことができ、そういう優しさが、次の優しさに繋がっていく。

僕は、「性善説」信者だ(宗教とかそういうことは関係なく)。タイトルに「奇跡」なんて書いてしまったが、今思い出しても、あの時の、みんなの協力する気持ちと行動は「奇跡」ではなくて「必然」だと思っている。誰でも同じことをしただろうと思うからだ。だから、みんな性善説で生きることができるはずだ。だからこそ余計に、なのだが、性悪説に基づく行動をたまに目にする度に、とても残念な気持ちになる。

このコロナ渦の中、僕自身が性善説と性悪説の間で心境が揺れ動いている。そんな時だからこそ、こういう人が本来持つ優しさの力を、思い出し、共有し、そして広げていきたいと思う。このエピソードを読んだ人にも、少しでも「優しさの伝播」が起こればと思い、noteに書き記した。最後まで読んで下さって、ありがとう。

( Photo by Retake-san at photo AC @ https://www.photo-ac.com/profile/727541 )

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?