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ヤンキーとお墓を探した話

午後8時過ぎ。最後の面談を終えて帰宅の準備をしていると、事務所のインターフォンが鳴った。

こんな時間に誰だ?インターフォンの画面を覗くと金髪の若い男性が映っていた。

「あの~相談に来たんですけど~」

玄関ドアを開錠すると、入ってきたのは学ラン姿の高校生だった。金髪に左耳にはピアス、着崩した学ラン姿でひと目でヤンキーと分かる。

アポイント無しの飛び込みで来る相談で依頼になるケースはほぼ無い。ましてや遅い時間に飛び込みで来る高校生の相談なんて、きっとロクなもんじゃない。ったく面倒くさい!適当に話を聞いて、さっさと帰してしまおう。そう思いながら、高校生(A君)を面談室に通した。

「あの、明日、墓を探して欲しいんですけど!」

「ハカ?お墓のこと?誰のお墓なの?」

「ばあちゃんの墓です!」

「亡くなられたおばあ様のお墓?」

「いえ、ばあちゃんは生きています!え~と、どっから話せばいいか…」

くだらないと思っていたA君(17歳)の相談は、予想と違って真摯な内容だった。

A君には父親がいない。A君の母親は18歳のときに未婚でA君を出産した。だから父親のことは何も知らない。

そして今は母親もいない。母親はA君が3歳のときに失踪した。母親に新しい彼氏ができて、A君が邪魔になったのだ。一人自宅の残されたA君は近隣の方からの通報を受けて警察に保護されたらしい。その後、埼玉に住む母方の祖父母に引き取られ、大事に育てられた。

母親は祖父母と絶縁状態だが、たまに金の無心の連絡はあるようだ。しかし、A君のことを聞いてくることもなければ、居場所も教えてくれない。そして母親が作ったたくさんの借金を祖父母が肩代わりして、大変な思いをしながら返済をされたらしい。

そんな中、A君が10歳のときに祖父が急逝した。それからA君は貧しい生活を余儀なくされ、両親がいないこともあって、いじめの標的にされる。そして非行に走った。中学生になると悪い仲間ができて、万引きや恐喝で何度も警察のお世話になり、いつも祖母を泣かせていたようだ。

ところが1ヶ月前に祖母が過労で倒れてしまう。A君は自分を責めた。そして悪い仲間とは縁を切り、献身的に祖母の看病を始めたのだ。

先日、祖母が病床で「ご先祖さまのお墓が気になる」と、A君に漏らした。

祖母は広島県の瀬戸内海にある江田島の出身で、早くに両親を亡くして、一人いた兄も二十歳で亡くなった。祖母は知り合いを頼り上京して、職場で知り合った男性(祖父)と結婚。その後、祖父の実家がある埼玉県に移住した。結婚してからは一度も広島に帰っていない。

祖母は「両親や兄が眠るご先祖の墓はまだあるのだろうか」とふと気になり、A君に先祖の墓のことを話したのだ。

A君は祖母の為にお墓を見付けて元気づけたいと思った。何より自分も先祖の墓を見てみたい。そう思い立ったA君は貯めていたバイトのお金を握りしめて、学校帰りにそのまま夜行バスで広島へと向かった。市電とフェリーを乗り継ぎ、祖母の故郷である江田島に向かったのだ。

祖母から「島」と聞いていたので、小さな島だと想像していたが、江田島は大きな島だった。

祖母に聞いていた墓がある場所は古い地番で、既に存在していない。インターネットで検索しても現在の住所地が分からない。地元の人に聞けばすぐに分かるだろうと思っていたが、誰に聞いても分からず、何の手掛かりも掴めなかった。明日の夜には埼玉に帰らないといけないので、なんとか明日の夕方までには墓を探さないといけない。

途方に暮れたA君は『探偵なら探し出してくれるのではないか?』と思い付き、スマホで探偵社を検索して、当社を訪ねたのだ。

A君は経緯を話し終えると、「明日の夕方までに墓を見付けて欲しいんスけど、ダメっスか?」と、懇願するような少し泣きそうな眼差しで真っ直ぐ僕を見つめた。ここまで話を聞いておいて、断るのは野暮だろう。幸い明日なら時間が取れるし、江田島は父の故郷でもあるので土地勘もある。快くA君の依頼を引き受けることにした。

「あ、あと、自分で墓を探し出そうと思っていたんで、あんまお金がなくて。帰りのバス代とか引くと、1万円くらいしか残んないんスけど、料金は1万円で足りますか?」

足りるわけないだろう!と言いそうになったが、それは飲み込んだ。大人だし。

「1万円ね。大丈夫、足りるよ」

「マジっスか?うわぁ~助かる!良かったぁ~!」A君はホッとした表情で、椅子にもたれかかった。

素直に喜ぶA君の姿を見て、僕は彼を見た目だけで判断したことがとても恥ずかしくなった。

翌朝6時にA君と合流して、高速道路で江田島へ向かった。

「ずいぶん早い時間に向かうんスね?」

「あぁ、江田島のJAに勤務されているKさんという過去の依頼者さんがいてね。朝8時から時間を取ってもらえることになったんだよ」

「え―っ!江田島のJAに知り合いがいるんスか?マジ鬼に金棒ッスね!」

A君は僕を鬼に例えることも厭わない始末で、朝からハイテンションだ。

江田島に向かう車中で、気になっていたことを聞いた。

「なぁA君、お母さんに会いたいかい?探してあげようか?」

A君は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに困ったような笑顔で首を振って「いえ、いいっスよ!」と答えた。

「でも、おばあちゃんに万が一のことがあったら、お母さんがいた方が良いんじゃない?」

「う~ん、ばあちゃんは縁を切ったって言っているし」

「A君はどうなの?会いたい?」

「オレも会いたくないっスね~かあちゃんもオレのことなんてどうでもいいみたいだし…」

しばらく沈黙が続いたが、「これ美味いっスよ♪」と、A君は膝の上に置いたコンビニの袋からお菓子を差し出した。袋の中にはお菓子がたくさん入っていた。

「おやつは300円までだって言っただろう」

「遠足かよ!でも楽しいッス!島を橋で渡るなんて初めてだし、海は綺麗だし!」

時間より少し早く江田島のJAに到着したが、既にKさんは玄関前で待ってくれていた。

「ご無沙汰しています。お忙しいのに、お時間取っていただいて」

「いえいえ、重川さんに恩返しできるなら嬉しいです」

Kさんは応接室で江田島市の地図を広げて、「言われていたお墓の場所ですが、おそらくこの辺りだと思います」と、地図上に赤ペンで大きく丸を書いた。

「結構、広いですね。この範囲を探すとなると、一日では終わらないですね」

「そうですね~他に手掛かりでもあれば、もう少し絞れると思いますが」

「A君、おばあ様はお墓の位置について何て言ってた?」

「え~と、ばあちゃんが覚えているのは、」

・お墓は山に登って20分ほど歩いた場所にある。

・その山には海沿いの細い道から入る。

・山の入り口の近くに小さなガソリンスタンドがあった。

・急な坂道で、周りはミカン畑だった。

先祖の墓はA君の祖母が生まれる前にはあったらしいので、少なくても70年以上は経過している墓だろう。山奥に建てられたとなると、おそらく個人墓地で、無許可墓地の可能性が高そうだ。そのため墓地台帳にも記載がなく、行政も把握していないと思われる。

「小さなガソリンスタンド…その住所地にはガソリンスタンドは無いなぁ…」Kさんは頭を傾げた。

「田中さんとこのガソリンスタンドじゃないんか?」近くで話を聞いていた支店長さんが地図を覗き込み、「田中さんは30年前までガソリンスタンドを経営しとったんよ」と、地図のある場所を指さした。「今は駐車場になっとるところよ。そうなると、Hさんのミカン畑がある山じゃろ」

早速、A君とその山へ向かった。確かに祖母の情報通りに細い道があり、急な坂道だ。革靴で来たことを後悔しながら、滑らないよう気を付けて山を登った。汗だくになりながら20分ほど登ったが、墓は見付からなかった。他に道は無いはずなのだが。それから10分ほど登り続けると、ようやくお墓を発見した。

もう40年以上も放置されていると聞いていたので、汚れた墓を想像していたが、驚いたことに、その墓はとても綺麗だった。しかも、お墓の花瓶には枯れてはいたが、お花も活けてあった。誰かがお墓を参ったことが分かる。

「本当にこの墓で合っているかい?」

「合ってると思うんスけど…彫られている名前もばあちゃんが言っていたものだし」A君も墓の周りの雑草が綺麗に抜かれていることに戸惑っている様子だ。

「とにかく、ばあちゃんに見せてみます」と、A君はビデオ通話で祖母に墓を見せた。

祖母は涙を流して喜んだ。ご先祖のお墓で間違いなかったようで、しばらく墓に手を合わせていた。A君は泣きそうな、そして誇らしいような顔でその様子を見守っていた。

「でも、誰が綺麗にしてくれているのかしらね~」涙を拭きながら、祖母はつぶやいた。

JAに戻り、お墓を見付けたことを報告すると職員さん達から歓声が上がった。

「この辺りはHさんの山だから、このお墓のことを聞いてみましょう」KさんがHさんのミカン畑に連れて行ってくれた。

ミカン畑で作業をしていたHさんに事情を伝えると、Hさんは驚いた表情でA君に近づいた。

「ほぉかぁ~!あんたぁTさん(A君の祖母)の孫かいの!わしはTさんの縁戚なんよ。Tさんは元気にしとってか?」

「えぇ!!そうなんスか?」今度はA君が驚いた顔になった。

「こまい頃(子供の頃)はようTさん家にも遊びに行ってのぉ。あんたぁTさんの親父さんによう似ちょるで(笑)」

「あの、ばあちゃんが墓のことを気にしてて、で、埼玉から墓を探しに来たんです!」

「おぉ、あの墓か!墓はわしがちゃんと綺麗に手入れをしちょるけぇ、心配しなさんな(笑)」

「ほぉかぁ~。優しい孫がおって、Tさんは幸せ者じゃのぉ。あんたぁもたまには遊びに来んさいよ。

A君はHさんに深々と頭を下げた。A君の目には涙が溢れていた。Hさんは笑ってA君の肩を優しく叩いた。

予想より早くお墓を発見することができたので、搭乗する夜行バスの時間まで時間ができた。せっかく広島に来たんだからと、A君にお好み焼きをご馳走した。

「今回の料金って、1万円じゃ足りないスよね?」A君は財布から1万円札を取り出した。

「ん?お金は要らないよ。だって君と契約書を交わしていないだろ。探偵は依頼者と契約書を交わさず調査をしたらいけないんだよ。だからお金は貰えない」

「へ?何で契約書を交わさなかったんスか?」

「だって、君と江田島までハイキングに行っただけじゃん(笑)」

「いや、でも…」

「まぁ、もし、今回のことでお礼をしたいなら、Hさんの住所を聞いておいたから、Hさんにお礼の手紙でも書いたら?お墓を守ってくれているんだし」

「そうっスね!ちゃんとお礼の手紙を書きます!今度はバイト代を貯めて、美味しい日本酒を土産にHさんのところにお礼に行きますよ!もちろん重川さんのところにも!」A君は歯に青のりがついた笑顔でそう言った。

なかなか殊勝なことを言うじゃないか。

後日、事務所宛にたくさんのお芋と林檎が届いた。荷送り人はA君の祖母からだ。A君からのお礼の手紙も添えてあった。

その後、A君は高校を無事に卒業し、料理人を目指して調理師の専門学校に進んだらしい。いつか美味しい料理をご馳走してもらおう。

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