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『大声ではしゃぐもんじゃないよ』

STÔRING / 物語から選ぶホテルメディア」寄稿
寄稿日:2022年2月4日


 九州生まれの僕にとって北の大地のアイヌ民族は遠い存在だった。北海道の”先住民”という教科書レベルの浅はかな知識だけを持ち合わせ、あとは現地で、きっと新しい感動を届けてくれそうだと胸が膨らんでいた。言葉の意味を理解しているわけなんてなかったけれど、ウポポイ、ウポポイ、と何度も言いたくなる語感は、僕の小躍りに輪を掛けていた。


 僕の心は、間違いなく小躍りしていた。ようやく行ける。あの地へ。 北海道、白老町「ウポポイ」。2020年夏にオープンしたばかりの国立アイヌ民族博物館がウポポイ敷地内にある。

 ウポポイ訪問のために選んだ宿は、白老町にあるホステル「haku」。自身が創業した旅のサブスク・HafHを通じて予約ができる古い旅館を改修した施設だ。カフェバーには常に5つ以上のクラフトビールが樽に貯蔵されていて、サーバーで飲むことができる。宿主・菊池さんは馬を飼育していて、馬との交流もできる。ホステルならではの地域と宿泊客との距離感で、菊池さんには、丁寧にオススメの居酒屋を紹介してもらった。

 ウポポイ訪問前夜、北海道グルメを堪能して高揚しきりだった。いよいよ明日、どんな場所なのか、何が待っているのか、日本にいながら知られざる文化を体験できるとあって、海外に行けない時代の、一筋の救いのように感じていた。

「ちょっとあんた、そんなにアイヌアイヌと、大声ではしゃぐもんじゃないよ。」 左の席に座っていた常連の女性から突然制された。その時の僕は、ギョッと目を丸くしていたと思う。

 酒焼けした女性の声は、長年、地域をみてきた凄みがあった。「アイヌってのはねぇ、ここ数年になってお国が急に守ろう、残そうで持ち上げちゃって..」そこから女性は、とっくり片手に、決して歓迎される存在ではなかったアイヌ民族との付き合いを、教えてくれた。

 アイヌ民族は、自然と共に暮らしていた。湖のほとり等に「コタン」と呼ばれる集落をつくり、水、森、生き物全てに神様「カムイ」がいると考え、長年培われてきた自然の掟に従って暮らしていた。近代の暮らしはこの掟と相反していたし、当時の日本は違いを認めず、一つにしようとした。今日、多くのアイヌたちは日本の近代文明に溶け込み、今やアイヌ語を話せるアイヌ民族はほとんどいない。

 みんな同じ肌、同じ髪の色。同じ言語。単一民族国家だと思っていた日本という国の、知られざる同化政策。遠い国の、遠い話だと思っていた歴史が、この国にも、間違いなくあった。

 翌日、ウポポイで働くアイヌの方にお会いした時、僕は驚くくらいに緊張した。彼らの歴史を知らずに訪れてしまった恥ずかしさで、何を話していいのやら、その時の僕は、どうあがいてもスペック不足だった。

 この出会い以来、アイヌの歴史や文化の虜になっている。北海道を訪れては、屈斜路、阿寒と道東を中心に、アイヌ文化に触れ、言葉、音楽、文化、自然、彼らが大切にしていた全てに耳を傾けるようになった。今、目の前に広がる、何百年も変わっていないだろう絶景を目にするたびに、彼らに少しでも寄り添えたら、と。

ウポポイ:歌おう。大勢で、という意味。

舞台:haku hostel cafe & bar

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