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大切な人を守りたい。        願いはただそれだけ……。      ――野崎まど『HELLO WORLD』

 いつもお世話になっております。書店員のR.S.です。みなさんはどんな青春時代を過ごしてきましたか、あるいは今、どんな青春を過ごしていますか。自分自身に対して何ひとつ不満がない青春時代を送った(あるいは送っている)人は、程度の差こそあれ、決して多くはないと思います。かくいう私も嫌いな自分を変えたいと思ったことは何度もあります。

 今回紹介するのは、そんな今の自分を変えたいという思いを抱く〈どこにでもいる〉少年が大切な人を守ろうとする物語……、

 野崎まど『HELLO WORLD』(集英社文庫)

《「幸せになった彼女の笑顔が欲しい。その記録が欲しい。思い出が欲しい。たとえそれが、現実じゃないとしても。たとえそれが」//男の視線が、こちらに向く。//「俺のものじゃないとしてもだ」》

 大切な人を喪った未来の自分〈先生〉と、自分を変えたいと思っている堅書直実。彼女の幸せな笑顔が存在する、もうひとつの世界を願う〈先生〉に導かれ、直実と瑠璃は恋に落ちていく。時に〈先生〉の思惑を逸れるほど、直実は彼女の幸せを願うようになり、やがて……。

 これだけでもノスタルジックな感情に訴えかける良質な青春小説として、とても面白い作品です。ただ堅書直実(〈先生〉では無いほうの)がデータ上の存在である、という現実と虚構の逆転現象を感じさせるような設定などを省けば、(失礼を承知で言えば)どこかで見たことのあるような物語だとも感じていました。途中までは。

 帯に記された《セカイがひっくり返る、恋愛青春SF小説》という言葉は決して嘘ではありません。突然、物語の景色が変わるのです。そうその瞬間、読者はどこかで見たことのあるような物語が今まで見たこともない物語だったと気付かされるのです。

 そして、どれだけ物語が姿を変えようとも、〈大切な人を守りたい〉と〈今の自分を変えたい〉というふたつのメッセージが消えることはありません。

 作中、直実がSFについて語る場面で、

《「SFって、新しい世界を見せてくれるんです。それは、すごく素敵で、遠い世界で。けど、でも、それは夢物語じゃないんです。SFのFはフィクションですけど、Sのサイエンスが、現実と繋がってる」》

《「物語なのに、普通の世界の延長にあるんです。そう思うと、この世界も、なんだか小説の一部みたいに思えて。自分も、物語の中の人になれたような気がして」》

 という台詞が出てきますが、これがそっくりそのまま本作の魅力にもなっていて、とても素敵です。

 正統派でありながらも独創性に満ちたこの美しい物語が、多くの人の手に渡ることを切に願いながら、私は本を閉じる。

 ぜひ、ご一読を!