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西澤作品をできるだけ読んでみる⑤  『神のロジック 人間のマジック』

《「(前略)わたしたち人間はね、自分が信じるものしか事実とは認めないの。たとえそれが嘘でも、ね。いいえ。極端なことを言ってしまえば、この世の中のすべては嘘なのよ。嘘だという言い方が悪いなら、なにもかも幻だと言い換えてもいい」》

 ここがどこかはっきりと分からず、ここへやってきた前後の経緯が曖昧な〈ぼく〉こと御子神衛は、見知らぬ異国の地(だと思われる)謎の〈学校(ファリシティ)〉で、学友たちと推理ゲームを課される日々を過ごしていた。ある時、新入生が来ると聞かされると、学友の一人であるビルの様子が一変する。それが気になった〈ぼく〉はケネスにそのことを尋ねると、この〈学校(ファリシティ)〉には〈邪悪なモノ〉が棲んでいる、と聞かされる。

 今回紹介するのは、

『神のロジック 人間のマジック』        (文春文庫 2006年)
 ――冷たく容赦のない結末と孤独な魂と

 単行本は2003年、文藝春秋から刊行されました。

 ※ネタバレはしないよう気を付けますが、未読の方はご注意を。

 本作は、かつて文藝春秋にあったレーベル〈本格ミステリ・マスターズ〉の一冊として刊行された作品で、実は同じレーベルから刊行された〈ある作品〉とアプローチの仕方はまったく違うものの結末の仕掛けに重なるもの(刊行時期など考えると、偶然似通ってしまったのかな、と思います)があるのですが、個人的な好みで言えば私はこちらのほうが好きです。

 前回紹介した『笑う怪獣』で〈非日常的〉な要素は〈そういうもの〉として扱われていましたが、本書はその真逆の作風でこの〈学校(ファリシティ)〉の正体に関して、〈秘密探偵の養成所〉〈前世の別人格の研究〉〈ヴァーチャルな虚構世界〉といった仮説を出しながら、物語は謎めいた連続殺人へと向かっていきます。……と、殺人事件が起こるのは物語の中盤以降で、それまでは謎の〈学校(ファリシティ)〉をめぐって読者の不安を煽るような展開が続くのですが、これが事件の真相と〈学校(ファリシティ)〉の正体が明かされた時に密接に絡み合います。ただのひとつの仮説としか思わなかったものさえ、いやその登場人物の行動のひとつさえ、想像をはるかに超える結末を納得させるために重要なものだったと気付かされるのです。

 とにかくこの作品は西澤保彦の他の作品とも関わる部分が多く(たとえばラストシーンの〈二人〉の関係は以前に紹介した〈ある作品〉を、ミステリの真相において明らかになるその〈姿〉は未紹介の〈ある作品〉でも突き詰めて書いています)、異色のように見えて西澤保彦(らしい)作品になっているように思いました。

 冷たく容赦のない結末と、そこから浮かび上がる孤独な魂に触れながら、強く共鳴している自分がいることに気付きました。

 傑作であることは間違いないのですが、この作品が傑作であることをネタバレなしで伝えるのが、とにかく難しい作品でもあります。

 現在は出版社品切状態の本ですが、気になった方には是非とも読んでもらいたい一冊です。