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品切良書を訪ね歩いてみる①     『黄金色の祈り』西澤保彦

 いつもお世話になっております。書店員のR.S.です。みなさんは品切重版未定とか絶版とかって聞いたことありますか?

 この職業になってみると日常的に使う言葉なのですが、もしかしたら知らない人も多いかもしれないので、大雑把に説明すると、現在出版社に本が無くて、書店が売りたくても売れず、読者が新品で買いたくても買えない可能性が高い本のことをいいます。それはもちろん悪い本(本の価値をどこに持ってくるのかによって〈良い〉〈悪い〉の定義は変わってくるとは思いますが……)だから品切や絶版になるわけではなく、優れた本は多く存在していて、思い入れが大きければ大きいほど、読者が手に取る機会が狭まっていることに悔しさを感じたりします。こういう悔しさを感じている同業者は決してすくなくないのでは、と思っています。

 本の復刊や発掘の企画はそういう想いの表明が形になったものかもしれませんね。私はなんら力の無い人間ではありますが、声を上げることはできます。ぜひ紹介する本に興味を持ったら、力を貸していただけると嬉しいです。一書店員の「この本が品切れなんて、もったいないよ」という声に。

 いつも通り敬称略なので悪しからず。

 第一回目の紹介は、

 西澤保彦『黄金色の祈り』(中公文庫)

 嫉妬を知るすべてのひとに読んで欲しい、青春ミステリの大傑作です。

 嫉妬。例えば十代の頃、自分と同世代の少年がメディアなどで神童と持て囃されているのを羨望と憎しみを込めて眺めていたことがないだろうか。なんでもいい。例えばドラフト1位確実の超高校級のピッチャーが甲子園のマウンドでバカスカ打たれるのを心の底で願ったことはないだろうか。いやそんなテレビの向こうの話じゃなくてもいい。女子からモテる同じクラスの人気者が大失態を犯して嫌われることを願ったことはないだろうか。どれも醜い嫉妬と嘲笑されかねない感情ですが、間違いなくそう思ったことが私にはあります。そしてそれは決して特別な感情ではなく、特に思春期においては多くの人が持つ感情ではないのでしょうか。

 本書は解説(中公文庫版の解説です)でもあるように著者の自伝的要素が含まれていることが分かる作品であり、どこまでがフィクションかは分からないにせよ、それでも著者が自分のさらけ出したくない部分を露わにしているのが伝わってくる作品です。そこで描かれる語り手である〈僕〉の内面は、物語の(特にエンターテイメントの)登場人物としては自意識過剰気味に見えますが、私にはとてもリアルで共感が持てるものでした。

 ちなみに解説の佳多山大地によると、《これほど一人称の語り手が自身の自己愛(ナルシシズム)を腑分けすることに紙数を費やした小説は稀で、もし読者(あなた)が恐ろしいほどの才能と運に恵まれ、他人に一片の嫉妬心を抱くことなく幸福な一生を暮らす人でないかぎり、理想の自己像と現実の境遇との落差から目を背けて生きてきた「僕」と共鳴する部分を見つけて苦い思いをすることから免れないはずだ。》とのこと。本当にその通りだと思います。

 例えば中学の吹奏楽部での部長を決める場面。みんなから部長候補にも副部長候補さえ挙げられなかった〈僕〉が、本心では《だから、部長も副部長もやりたくないなあ、と思っていたのである。でも、状況を見る限り、オレがやるしかなさそうなんだよな、困ったもんだ……みたいに尊大にかまえていた。》という事実。まるでピエロのように思うかもしれませんが、私には何ひとつ他人事には思えませんでした。

 取り壊そうとした校舎の天井裏から見つかった、白骨化した変死体と紛失していたはずのアルト・サックス。「楽器紛失騒動」が起こったあの時、そして殺人事件が起こったあの時……あの時、何があったのか。

  あの時の想いが際立たせる青春の影が、いつまでも纏わりついて離れない。時に明るいやり取りが顔を覗かせても、この小説は苦しい。事件の真相は驚きとともに明かされますが、決してその真相は気持ちが晴れるようなものではありません。さらに言うなら、私自身はそこを魅力的に感じたのですが、(本作を読み終えた後、解説を読みながら)ミステリとしても自分は誤った読み方をしているのではないか、と不安になる作品でもあります。

  細かい文言が間違っていたらすみません。確か安達千夏の長編小説『モルヒネ』への書店員のPOPで話題になったのは「うずくまって泣きました……」という言葉だったと思うのですが、痛みでうずくまってしまうような物語体験も、あるいは苦しみの共有も、優れた物語だからこそ出来るのだと思います。本作を読んで泣きはしませんでしたが、思わずうずくまって悲痛な叫びを上げてしまいそうになりました。

  もう一度言います。

 本書は、嫉妬を知るすべてのひとに読んで欲しい、青春ミステリの大傑作です。

 今回かなり久し振りに再読したのですが、その想いはひとつも変わりませんでした。

 そしてこれももう一度言います。

 この本が品切れなんて、もったいないよ!