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西澤作品をできるだけ読んでみる⑥  『さよならは明日の約束』

今回紹介するのは、

『さよならは明日の約束』(光文社文庫 2017年) ――また会う可能性がある限り、さよならは常に明日の約束

 単行本は2015年に光文社から刊行されました。

 ※敬称略ですので、悪しからず……。

 いつもお世話になっております。書店員のR.S.です。ここで突然の質問なのですが、西澤保彦という名前を聞いて最初に思い付く作品はなんですか。『七回死んだ男』ですか、『聯愁殺』ですか。最近だと『腕貫探偵』シリーズを挙げる人も多いのではないでしょうか。

 本作は後から西澤保彦という名を振り返った時に、著者を代表するシリーズになっていてほしい、と個人的に勝手に願っている〈ユッキー&エミール〉シリーズ(という呼び方でいいのでしょうか)の第一短篇集です。

 おバカ映画好き男子、柚木崎渓(ユッキー)と大食いの本好き少女、日柳永美(エミール)の二人を主人公にした本シリーズの感想を書いていこう、と思うのですが、実は第一作目の第一話「恋文」の感想をすでに別で書いてしまったので、今回は第二話以降の感想を書いていきたいと思います。

 ※ネタバレはしない予定ですが、かなり物語の後半部分の内容にまで触れている作品もあります。未読の方はご注意を。

 ちなみに第一話「恋文」の感想も貼り付けておきます

 ※ちなみに「恋文」は第67回日本推理作家協会賞短編賞の候補作になっています。残念ながら受賞とはなりませんでしたが、恋愛ミステリの傑作として、ぜひ多くの人に読んでもらいたい作品です。

 第二話「男は関係なさすぎる」

 第一話では登場しなかった、もう一人の主人公である柚木崎渓(ユッキー)とシリーズのメインキャラクターである〈ブック・ステアリング〉というカフェを経営している梶本さんが登場し、三人の出会いが描かれる作品です。ユッキーの片想いが始まる様子が微笑ましくて好ましい作品でもありますが、ミステリとしての決着は苦い。三十六年前に梶本さんが心臓発作で苦しむ女性教師に言われた不可解な言葉、「男は関係ないでしょ」。その真意をめぐって議論するなかで三人が辿りついた答えは、苦い余韻を残します。

 第三話「パズル韜晦」

 解決篇のない推理小説をめぐる物語です。本作は唯一〈真相〉が登場人物の口から語られる作品でもあり、そういう意味では本作品集においては異色作と言えるかもしれません。登場人物の関係性も含めて、とても愛らしい作品です。

 西澤作品において〈過去〉というのは重要なテーマであり、本作では自身の創作の〈過去〉であるデビュー作『解体諸因』を作中に登場させています。ユッキーとエミールが生まれた翌年に刊行された作品と書かれていて、親本刊行当時から読んでいた読者(残念ながら私は違うのです……)は郷愁に駆られるのではないでしょうか。

 第四話「さよならは明日の約束」

 卒業を記念して寄せ書きした色紙。三十二年前にその色紙に書いた恥ずかしいコメントが消えていた。伝えられなかった想い、伝わらなかった想いが美しくも切ない恋の思い出を蘇らせ、そして現在の恋物語が静かに浮かび上がる。過去の出来事を起点にしながらも、最後は未来に目を向けて、物語を終わらせる。本当に綺麗な結末です。「恋文」同様、素晴らしい恋愛ミステリです。

 とても良いタイトルだな、とまず思いました。高橋留美子のコミック『めぞん一刻』で主人公に想いを寄せる女の子が《LONG GOOD-BY(永遠に さよなら)》という一文を、《SO LONG! GOOD-BY(またね! さようなら)》と言葉を書き足して文章を変えるシーンがあるのですが、このタイトルを見て、そのシーンを思い出しました。この説明がよく分からない、という人は、ぜひ『めぞん一刻』も読んで欲しいです。

 当事者の多くが不在になっていて、過去の犯罪を暴きたてたり糾弾したり、という形のミステリになっていないのが、とても魅力的です。仮に謎が解けなかったとしても、誰も困らない。そんな作品さえあります。なのに何故、謎を解くのか。それはすこしだけ人生を変えるためなのかもしれません。それは時に苦かったり、時に優しかったりするけれど、その謎の答えを聞いた後、その答えを知った人たちの人生は(大きくは無いかもしれないけれど)間違いなく変わる。とても安易な表現だとは思うけれど、これは人生と向き合ったミステリなのかもしれません。

 これは個人的に今よりももっと評価されてほしい作品集です。2010年代の西澤保彦を代表する一冊だと思います。

 また会う可能性がある限り、さよならは常に明日の約束なのかもしれない。そんな想いを抱きながら、そっと本を閉じる。