彼女がいなくなる日

 季節外れの雪はいかがですか(笑) 掌編小説書きました。掌編っぽい、掌編を目指しました。幻想小説です。

「彼女がいなくなる日」

 細かな雪が衣服に付着したのを見てようやく雪が降っていたのだと気付いた。冷たい風と合わさって、今が冬だ、と強く実感する。四季の移り変わりは時期で判断するのではなくその時の情景や気温の変化で判断するべきだ、というのがぼくの変な持論なのだが、そういう意味では、今、ぼくの中で冬になったと言える。雪に対して幻想的な美しさを感じるひとは多い。雪国で生まれ雪国で今も生活を続けるぼくにとっても雪が幻想的に感ずる瞬間は確かに多々あるけれど、実際の生活の中の一部となってしまうと、幻想性を毎回感じているわけにもいかないし、強く吹雪けば厄介で危険な存在でしかない。

 冬になるとぼくのもとを訪れ、春を待たずに幽かな気配のみを残して消えていく女性の姿がぼんやりと頭に浮かぶ。白雪。雪国の冬に似合う名前を授かった彼女との再会の予感がした。胸が湧き立つような想いを白い息とともに吐き出しながら家路を急ぐぼくの姿を、すれ違う人たちはどのように感じているのだろう。家族や恋人のもとを目指しているようにでも映っているのだろうか。残念ながらそれは間違いだけれど、ぼくが待ち望むひとが大切なひとであることは間違いない。

 自宅のマンションの鍵を開けて中に入ると、やはり彼女はそこにいた。こんにちは。久し振り。消え入りそうな、しかし確かに耳に届く優しい声音だった。あぁ彼女だ。一年振りに出会う彼女は以前となにひとつ変わることなく、ぼくの目の前にいる。

 冬になると決まってぼくに会いに来てくれる彼女は、高校時代の同級生だった。あれから二十年近い月日が経って、ぼくもだいぶ老けてしまったなって思うけれど、彼女はあの日と同じままだ。美しさだけではない。儚げなほほえみの浮かべかたひとつ変わってくれない。そのことが変化を望むぼくを苦しませる。

 最近はどうしてる?

 何も変わらないよ。たった一年じゃ何も変わらない。君は?

 私? 実はあんまり覚えていないんだ。ごめんね。こんなこと急に言っても変だよね。いつも気付いたら、この辺りにいて、あなたに会いに行かなきゃって思うんだ。だから私、いつもこれを夢だって思ってるんだ。あなたに会いたいと思った私が見る夢、幻。

 夢でも会いたいって思ってくれたなら嬉しいよ。

 だからあなたのことを聞かせて。私には話せることなんてないから。

 ぼくは毎年のように行っている近況報告を彼女に聞かせる。あの子が結婚した、とか、あいつは今こんな仕事を新たに始めた、とか、そんな風に追加される話題もあるけれど、基本的にはいつも大して変わらない。

 ぼくは彼女が好きだったが、結ばれることはなかった。永遠に結ばれる機会は訪れないとも思っている。

 涙を流した後に見る光景のように彼女の姿はぼんやりとしている。

 高校時代、白雪がとけるように短い生涯を終えた少女がいた。彼女は今も自分の死さえも知らないまま、ぼくのもとを訪れる。何故、彼女がぼくに会いに来るのか、その真意は分からない。おそらく彼女自身、分かっていないのではないだろうか。

 その死を彼女が自覚した時、彼女は完全に現世からその姿を消してしまうのではないだろうか、と勝手に想像している。そのおそれから、ぼくは彼女にその事実を伝えられずにいる。

 冬の間しかともに過ごすことを許されない大切なひと。彼女がいなくなる日が来ないことを願いながら、触れることさえできない十六歳のままの少女との日々は、苦しくも甘い。

                            (了)