感情回廊
「はい、お仕事、完了、っと」
私は脳漿を散らして血溜まりに沈む女性の手を取り、その小指を一本切り取る。細く綺麗な指だ。もし私が女だったら、こんな女性になりたかっだろうな。そんな女性にとって憧憬の的に成り得る雰囲気を、彼女は持っていた。過去形だ。死んだ彼女に憧れる女性はいないだろう。
「指を一本、貰っていくね」
依頼完了の証として必要だから。
※
心をどこかに落としてきたね――。
依頼主に証拠を渡し完了した報酬として得た金は翌日を待たず、夜闇とともに消えていく。地元で一番有名な風俗嬢に入れあげる、酒浸りの中年男性と言えば、私のことだ。この街の裏側に片足でも踏み込んでいる者なら誰でも知っている。そして両足を突っ込むと、私の職業を知ることになる。知らない方が幸せだろう。
浴びるように酒を飲み、毎晩美女を抱きながら、私は快楽というものを感じたことが一度もない。
私には感情がないらしい。らしい、と付けたのは、感情というものがよく分からないからだ。だから私にとって今の仕事は天職だ。非日常を日常として生きる者にとっては得難い能力とも言える。
その日、
勝手知るその街の目抜き通りはいつもと違っていた。突如立ち込めた霧の向こうに、見たこともない細い路地を見つけ、幻惑的な光景に誘われるように私はその路地を進む。
まず言葉があった。
あんた、心をどこかに落としてきたね。
「あなたは?」
霧の先に凝らすと、そこには老婆が座っていた。手前にある桐の机に一冊の書物を置いて。
「心が、欲しいか?」
「欲しいとも要らないとも思ったことはない」
「本当に? もし興味があるなら開いてみるといい」
老婆が私に渡してくれたのは、手元にあった一冊の本だった。その本には私の名前が書かれている。迷うことなく本を開いた私の目に飛び込んできたのは、ピンキーリングを付けた小指の、写実的な絵だった。
気付けば私は宮殿のような場所にいた。
「ここは?」
「彼女の心の中だ」
【未完】