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言葉の裏側 ②新人賞編

①覆面座談会編へ

〈第7回那賀川進歩エンターテイメント大賞 募集要項〉


 1970年代中盤、作者と同名の偉大な探偵・那賀川進歩の創造とともに文壇に颯爽と登場し、当初は謎めいた詳細と社会派ミステリ隆盛の時代に異彩を放つ作風で読者を魅了し続け、直江四十五賞を受賞後はその謎めいたベールを取り払うとともに作風の幅を広げ、多岐に渡るジャンルで現在もトップランナーとして走り続ける作家、那賀川進歩の功績の顕彰とエンターテイメント小説界を担う新人の発掘を目的として、本賞は創設されました。

・応募原稿は400字詰めの原稿用紙で300枚~600枚の未発表原稿に限り、二重投稿が発覚した際は失格とする。

・プロアマ問わず(ただし新人の発掘を目的という観点から、単著で出版された文芸作品が3作品を超える者は対象外とする)。

・9月14日の選考会を経て、受賞作を決定する。『小説幻影』紙上にて発表。


〈選考委員の略歴と応募者への一言〉


 釘沼太郎(くぎぬま たろう)
「今年から選考委員に名を連ねることになった釘沼です。私は第1回の受賞者でもあるので、なんだか故郷に帰って来たような、だけど当時とは肩書きも違うので、緊張や不安を感じてもいます。エンターテイメントの賞は面白さを競う場です。面白い、とは既存の枠組みに囚われない自由な発想から来るものであり、私が応募者に何よりも期待するものは、それです。『こんなもの見たことない!』そんな驚きで、私たちを唸らせてください」

〈選考委員略歴〉
 1980年生まれ。本賞の記念すべき第1回の受賞者であり、その受賞作『あなた、と、輪舞曲』で2013年にデビュー。SFやファンタジーの設定を用いたミステリでファンを魅了し続けている。近著は『続 あなた、と、輪舞曲』(2016年)。応募者にお薦めしたい一冊は立花隆『宇宙からの帰還』


 落選之巻(らくせんのまき)
「私は今回受賞する、一人か、あるいは二人になるのかは分かりませんが、その受賞者を除く全員の先輩に当たります。それは悔しいでしょう。でもその悔しさはきっとあなたの糧になる。落ち続けてください、それは挑戦をし続けている、ということでもあるのです。いつかそこから見出せる光があるはずです。私が言うと、説得力があるでしょう(笑)」

〈選考委員略歴〉
 1965年生まれ。小説の公募新人賞に100回落選した記録を綴ったブログが話題となり、そのブログ記事を書籍化した『私の落選履歴書、小説への愛ゆえに』で作家デビュー。その後は文芸評論やエッセイの分野で活躍していたが、2012年に念願の小説家デビューを果たすと、そのデビュー作が第148回芥子龍太郎賞を受賞。同時期に「abさんご」で芥川賞を受賞した黒田夏子とのテレビでの対談は話題にもなった。応募者にお薦めしたい一冊は鈴木輝一郎『何がなんでも新人賞獲らせます!』

 

 赤山青(せきやま せい)
「小説は才能の商売です。努力でどうなるものでもないでしょう。優しい言葉はひとを傷付けるので、私から言いたいのは才能が無いと思ったら、早々に見切りを付けてください。その見極めを各々がするために、公募新人賞はある、と思っています」

〈選考委員略歴〉
 1990年生まれ。2006年、とんび文学賞を史上最年少の16歳で受賞し、早熟な天才と評される。寡作だが、出版される作品はつねに高い評価を得ている。近年は俳優や脚本家としても活動していて、2018年には日本アルケニート賞の助演男優賞を受賞している。応募者にお薦めしたい一冊は……そんなものありません。今読み直しているのはサガン『悲しみよこんにちは』とのこと。


 那賀川進歩(なかがわ しんぽ)
「こう毎年思うのですが、自分の名の付いた文学賞の選考委員に自分が名を連ねるのはこそばゆいものがある、というか(笑) いつも……なんと言いますか、小説を志す後進の者たちが多くいて、心強いな、とほほ笑ましく読ませてもらってます。松本清張さん、森村誠一さん、筒井康隆さん、赤川次郎くん……まだ私のキャリアも浅かった(70年代、80年代のこと)頃、高みの存在だった方々に比べると、ずいぶんと華のない作家人生を歩んできてしまったな、とも思いますが、そんな私の賞にこんなにも応募者が集まってくれていることを考えると、私の人生も無駄ではなかったかな、と……。もうこんな年齢なのでいつまで続けられるかは分かりませんが、可能な限りは続けていきたいな、と思っております」(※去年の応募要項のための文章を再録しました)

〈選考委員略歴〉
 1940年生まれ。死を覚悟するほどの大病を患い、その入院中に読んだ江戸川乱歩、横溝正史、山田風太郎らのミステリに感銘を受け、1973年に『殺意の行方』を江戸川乱歩賞に応募するものの一次選考で落選(その年の受賞者は、小峰元『アルキメデスは手を汚さない』)。翌年、そのプロットの一部を用いた『那賀川進歩の憂鬱』でデビュー。この作品は横溝正史から激賞され、現在では明智小五郎、金田一耕助と並ぶ偉大な探偵のひとりとして数えられている。1981年『那賀川進歩の終焉』で日本探偵作家協会賞、1990年『椿と駆ける日日』で直江四十五賞、1994年『旅はもう終わり』で柴山遼太郎賞、2001年『黄色い部屋に告ぐ』で日本批評大賞を受賞。後進の育成にも尽力し、ミステリ界への功績は計り知れない。応募者にお薦めしたい一冊は……とにかく読んでください。書いてください。そのすべての経験はあなたの血肉となります、とのこと。


〈第7回那賀川進歩エンターテイメント大賞 選考会の様子(録音データより)〉


 ――みなさん今日はお集まりいただきありがとうございます。今回進行を務めさせていただきます、幻影社の大久保です。

「大久保さん、久し振り。元気にしてた」

 ――えぇ私は変わらず元気ですよ。落選さん。

「なら、良かった。ほら今年は出版界の訃報が相次いだからさ。俺よりすこし若いと言っても、お互い何があっても不思議じゃない年齢になってきたな、と思って、急に不安になる時があるんだよ。だからこうやって顔を久し振りに見ると、すごくほっとするね」

「今日は那賀川さんは、やっぱり……」

 ――えぇ釘沼さん。書面回答という形でもらってはいますが、これを有効の形にするべきかどうかは迷っています。もう病状もかなり悪いと聞いていますから。それにあの内容はさすがに。

「那賀川さんと最後に会ったのは、もう5年くらい前だけど、その時点でかなりぼけている感じがしたからなぁ。俺の名前も何度か間違えていたし……。あれだよね。世間には公表しないっていうスタンスはまだ続けてるんだろ。でもさすがに文学賞の選考委員はもう無理だよ。言っちゃ悪いけど、もし俺が応募者だったら、そんなひとに講評されたくないもんなぁ」

「ですが、仮に読まれなかったとしても、那賀川進歩から褒められた、という称号は嬉しい、というひとは多いと思いますよ」

「赤山くん。そうか……? 俺はどんなにそのひとがすごかろうが、読んでない状態で評されたら、どんな褒め言葉でも怒るけどな。昔、直江賞落ちた時、俺の作品を唯一褒めてくれた選考委員が、後でまともに読んでなかった、って知った時、もうあいつの本、絶対に読まない、って決めたもん。選ぶ立場になったなら、それがどれだけ不本意な受諾だったとしても、ちゃんと読むべきだと俺は思うね」

 ――おっしゃる通りです。ただ落選さんも知ってるとは思いますが、那賀川先生はこの賞にただならぬ想いを注いでいますから、私からは何とも言えません……。特に前の〈那賀川進歩ミステリ大賞〉の頃は、さらに応募者がすくなく、有望な作家を発掘できないまま終了しちゃってますから……。

「あれは最終選考の委員を那賀川さんひとりにしたからだ、と思うけどな。こんなこと言っちゃ悪いけど、典型的な、書く資質はあるけど、読む資質はないひとじゃないかな、あのひとって……。もしかしたら病気の進行が当時からあったのかもしれないけど、ね。今だから言うけど、那賀川進歩ミステリ大賞の最終選考に残った俺の作品が落ちた時の受賞作を読んでね、俺、三日くらい眠れなかったもんね。ちょっとこれはひどすぎ……って怒りで。今だから笑い話で済ませられるけど……。後、まぁ正直、那賀川さんの賞に送るくらいなら、〈横溝正史ミステリ&ホラー大賞〉とか〈江戸川乱歩賞〉に送りたいよなぁ。やっぱ作家としても賞としても、やっぱお二方は華があるもん」

 ――ま、まぁまぁ、そのくらいに……。ちなみに今の、そのお話に出たかつての受賞者の方、実は今回の応募者の中にいて、二次選考で落ちてるんです……。私はあの方の作品、出版されたものもそうですし、下読みでも何度か読んでますが、意外と嫌いじゃないんですが。確かに評価は分かれるタイプですよね。

「んっ? というか、あの人、もう3作以上、本出してるんじゃ……。要項違反じゃ?」

 ――あのひとは那賀川先生との共著もそうですが、基本、アンソロジーや共著で出版された作品が多いので。ルール違反ではないんです。

「落選さんや釘沼さんも以前、那賀川先生と共著で作品を出してましたよね。ほとんど那賀川先生は内容にタッチしていない、って話を聞いたことあるんですけど、実際のところ、どうなんですか?」

「赤山くん。きみは遠慮せずに、いつもずけずけ聞くよね。落選さんはどうか知らないですが、私に関してはもうほぼ私が書いています。後、那賀川さん単独の作品で、私が内容を似せて書いたものも――」

「ちょ、ちょっとちょっと! それは言ったらダメな約束だろ。しかも単独の作品の内容にタッチしてる、って、それゴーストライターじゃん」

「知らなかったんですか? 那賀川さんのここ10年くらいの作品はすべて他のひとが書いてますよ。私も共犯者のひとりです。いや、私は別に那賀川さんに恨みはないですよ。那賀川さんも本意ではないの知ってますから。一部の編集者への恨みは強いですけどね。後、このゴーストライター活動のせいで、自分の作品が書けやしない。私だって単著はまだ3作しかなくて、最後に出版された単著は4年前ですよ。本当だったら、新人の気持ちでこの賞に応募することだって可能なんですよ。あいつらのせいで私は実績のないまま中堅作家になった、と思っていますから」

 ――先輩には黙っておきます。

「幻影社さんはそこまで露骨ではないので、そんなに怒りもないですけど、私が許せないのは桃岩書房さんですよ。あそこの、荒木さんは本当にひどい」

 ――……あぁまぁ荒木さんは特殊、というか。あのひとの話を始めると、永遠に話が終わらなくなるので、本題に戻りましょう。

「本題はすぐに終わらせるつもりですけどね」

「それでもうきみの今回の感想が読めたよ」

「その予想は完璧に当たってますよ。釘沼さん」

 ――私もなんとなく予想が付きましたが、とりあえずはまず、今回の最終選考に残った作品を紹介させていただきます。


 ハットリハンゾウ『戦のはじまり』
 柿田信彦『殲滅』
 佐藤蓮『あこがれ』
 保谷十四『悪魔の正義』


 の4作品です。では、すぐ終わらせる、と言っていた、赤山さん。その言葉の意味を教えてください。

「受賞作なしです」

「やっぱり、か……。きみは厳しいからね。ただひとつひとつの作品について、まず話していくのが筋だと思うよ」

「筋書きのないドラマを紡いでいくのが、小説ですよ」

「赤山くん……きみは微妙に言葉選びのセンスが年齢に合ってないよね」

「老成しているから、若くしてデビューできたのかもしれませんね」

「そして生意気だね」

「分かりました……。ではひとつずつ作品を見ていきましょうか」

 ――では、まずハットリハンゾウさんの『戦のはじまり』から。

「正直俺ね。自分のことを棚に上げて言うけど、これペンネームひどいよね」

「確かに棚に上げないと言えないですね。まぁペンネームは受賞したら変えればいいだけの話なので、大事なのは内容ですよ。はっきり言って時代小説は守備範囲外なので、時代背景の正しさ、に関しては分からない部分も多いですが、それ以前の話で、文章がまるで駄目。こんな味気ない文章で、よく小説を書こうと思いますね」

「そうか? 読みやすくて悪くはないと思うけどな。時代考証に関してはあんまり熱心な感じじゃないのかな、って気がするな。テンポが良くて、展開も二転三転するから、読んでいて飽きない感じがいい」

「……というか、ここにいる3人は誰も時代小説書かないし、まぁ正直、私はそうだし、おそらくお二方もそうだと思うのですが、この手のジャンルの良い読者でもないですよね?」

「そう、だからジャンルを絞らない賞の選考って嫌なんだよ。良いのか悪いのか、の判断しきれないものを判断しなけりゃならない」

「そういう時は文章で判断すればいいんですよ」

「いや、それだと他の魅力を取りこぼすことになるし、それに俺はこのひとの文章がそんなに悪いとは思わない。ただちょっと気になるのは、心理描写の雑さだな。この時代の価値観は現代とは違う、って言われりゃ返す言葉もないが、死を覚悟した人間の恐怖が伝わって来ないな、ってのが気になる。タッチは軽くても、死や生を扱ってんだから、もうちょい書き方ってのが、あるだろ、って」

「いや、もうこの作品は全部が薄いんですよ。ペラペラです」

「まぁ赤山くんの言い方はどうかな、と思うけど、私もほぼ同意見かな。暇つぶしで読む分には良いけど、それ以上でも以下でもない」

「まぁ2000年以降の那賀川さんの作品もそんな感じの多いから、那賀川賞に合っていると言えば合ってるけどね……。最近評価を持ち直してきた、ってもっぱらの評判だけど、ほとんど自分で書いてないからなぁ」

「那賀川さんの悪口はそこまでに。笑いが止まらなくなりますから」

 ――まぁ、この作品についてはこんなところですかね。次の作品に行きましょうか。次は、柿田信彦さんの『殲滅』です。

「私は結構、この作品を買ってます」

「へぇちょっと意外だな。釘沼さんは端正な本格ミステリが好みで、他のジャンルだとしても緻密な作風を買うかな、と思ってた」

「もちろん好みで言えば、そうですが……。最近の冒険小説って、妙に生真面目、というか、おとなしい印象があって、せっかくフィクションの、しかも世界を舞台にした作品なんだから、荒唐無稽でも壮大なものを、って気持ちが、最近、特に強くて。その点、この作品はフィリピンでゲリラ武装した連中に襲われる導入から、最後はサハラ砂漠で終わり、っていう柄は大きい」

「まっ、それも分からんではないけど、でもやっぱりこういう作品ってリアリティが大事だよ。説明調の文章で土地のにおいが一切感じられないし、多分、作者はその場所に行ったことがないんだろうなぁ」

「行ったことがなくても書き方次第でどうにでもなりますよ。それが作家の想像力です。取材を怠った、とか、そんなことはどうでもいいんですよ。想像力の欠如が感じられる時点で、ぼくの評価はさっきの『戦のはじまり』よりも低い」

「本当に容赦がない。昔から思ってたんだけど、若い頃から活躍してる作家って、総じて後進に厳しいよな」

「ひとくくりにしないでください」

「悪かった、悪かった。まぁ俺は冒険小説を書いているから、そのせいで多少厳しくなっている面は否定しないが、新人に求めるハードルは高くていいと思うんだ。赤山くんほどじゃないけど……。そうじゃないと、どうせ後で苦しくなるだけなんだから」

「そのジャンルを書いているひとに対して、他ジャンルの人間が反論するのは中々難しい話ですが、ただ私自身、一番楽しく読んだのも事実ですし、何よりも主人公が魅力的なので、私は受賞作候補として推します」

「ふぅむ。そんな魅力的か、この主人公? 普通の会社員のはずなのに、途中からは超人みたいになって……。こういう部分を納得させてくれない、と俺は嫌だな。まぁ、でも今回は全体的に微妙だから、相対的に見ると上位に来ちゃうのも事実なんだけど……。うーん。とりあえず積極的には受賞には反対しないけど、賛成もしない、って感じかな」

「ぼくは、反対です」

「受賞作なし、言ってるくらいだからね」

「まず相対評価って考えが嫌だ。絶対的なものが決められないなら、それは、なし、でいいんですよ。無理して出す必要もない」

「今あるものの中から最善のものを、というのが私の考えです。出せるならば、出したい」

「別に今年で終わりの甲子園じゃないんだから」

「今年で終わりのひともいるかもしれません。可能性は狭めるためではなく、広げるためにあるのです」

「……いやもちろん釘沼さんの考えにまで否定はしませんが、ぼくも受賞作なしを引っ込めるつもりはありません。受賞のレベルに達したものがないんですから」

「ちなみに赤山くんはもし相対評価で選ぶとしたら、っていうのは、ある?」

「ない……って言いたいところですが、もし仮にひとり挙げるなら『あこがれ』です。今年のとんび文学賞の受賞作に比べれば、全然こっちのほうが、ましですが、やっぱりこれも文章が酷い。前のふたつと違って、自分に酔っている、というか、文章力があると勘違いしているから、余計に性質が悪い。まぁでも自分という色をはっきり出そうとしているところは買います」

 ――では次は、その佐藤蓮さんの『あこがれ』に行きましょうか。

「というか、彼、去年出したデビュー作の『地球爆破計画』って結構話題になってたよな。年末のランキングか何かに入ったんじゃなかったっけ? あのくらい話題になったら、次作も書かせてもらえるだろうに」

 ――入ってませんよ。ただ何人か今年の1位に挙げている作家や書評家の方がいました。私はあんまり良いとは思いませんでしたが……。彼の作品を1位に挙げた方の鑑賞眼は当てにしないほうがいいかもしれません。

「おいおい。私情が……。そう言えば、彼のデビュー作の担当編集って、若手の、最近辞めた子だったよな? あれ、なんで知ってるんだっけ? あぁ、そうだそうだ。思い出してきた。確か覆面座談会で荒木さんと揉めたって子だろ。噂は聞いたよ。言い返したくなる気持ちは分からんでもないが、その子も我慢したほうが良かったし、荒木さんも……まぁあのひとはもう変わりようがないか……」

 ――荒木さんの性格が変わるより、天と地がひっくり返るほうが可能性も高いでしょう。

「というか私もあの記事読みましたが、Cさん、に当たるひとって大久保さんでしょ? Bさんとのやり取り見ながらにやにやしちゃいましたよ」

 ――やめてくださいよ。本当にあそこは底意地が悪い。絶対知ってての人選ですよ。まったく……。

「元奥さんが座談会にいるってのも大変だな」

 ――確かに、あんまり気持ちのいいものではありませんが……。まぁもう別れて結構長いので、接し方は他の方ともちろん変わらないですよ。

「というか、あれ読んで、本当に荒木さんは相変わらずだな、って思ったよ。覆面付けてても、すぐに荒木さんって分かるもん。しかしその若い編集者も可哀想に……。あぁつまりはそのばたばたで次作の話が立ち消えになったから、この賞に応募、ということ?」

 ――なんでも次に出版する予定だった作品みたいですよ。

「はぁ、なるほど……、180度作風を変えてきましたね。私は前の『地球爆破計画』のほうが、まだ良かったかな、って感じですね。というか、これはもうエンタメじゃないですよね」

「うん。エンタメじゃない。すくなくとも俺の基準では」

「エンタメとか純文学、っていう区切りなんて曖昧なものにこだわる必要はないと思いますね。問題は優れているかどうか。面白いかどうか。……です」

「その面白さのベクトルが俺たちの求めているものと違う、ってことだよ。漫画家の青年が、初恋の女の子をモデルにしたヒロインの作品を書いている内に、その登場人物に執着するようになって、今度は主人公の男の子を自分に似せていく……。そして現実にそのヒロインが現れて現実と虚構の区別が付かなくなって、ってもうなんか延々と妄想を聞かされる感じが、正直つらい。……というか長い。せっかく評価をする気になった赤山くんには悪いが」

「別に構いません。正直、大して推しているわけでもないので……」

「『地球爆破計画』寄りの作品だったほうが、まだ可能性があったかもしれませんね。作風の変更が裏目に感じですかね」

「だな。……でも彼がちょっと可哀想だなって思うのが、今後、どのジャンルからも、うちのジャンルではない、って弾かれそうな感じが、なんとも言えないな……。ジャンルへのこだわりが強い人から嫌厭されそうな気がする。そういう意味ではこういうエンタメ全般を対象にする賞で受賞させてあげたほうが――」

「それは私たちが気にすることではなく、彼自身が気にすればいいだけの話です。今はここにある作品について判断しましょう。私も意見としては、落選さんとほぼ同じです」

 ――結局、内輪の話ばかりになってしまいましたね……。最後は、保谷十四さんの『悪魔の正義』なんですが、どうします?

「どうします? やらなくていいなら、これで終わりにしてもいいけど……。というか、これ本当に候補作?」

「二重投稿が発覚して落ちた作品の補欠として挙がってきた、と聞きましたけど……」

 ――ええ、そうです。

「そんなに不作だったの? これを最終に上げないといけないくらい。というか無理に増やさなくてもいいよ。暇に見えるかもしれないけど、結構忙しいんだから。というか、応募者全員に言えるけど、選考委員の作家はみんな、自分の作品を書く大事な時間を削って選考に当たってるんだから。まだ本になってないから人に読まれる意識を持たなくてもいい、って考えはどうかと思うよ。この作品は特にその印象が強い」

 ――まぁ……豊作とは言いがたいですね。

「だとしても……これは……。100回は読んだことのあるような、社会派ミステリを今さら、どう評価しろ、と……。死刑制度に踏み込んだ作品を書いているから志が高い、っていう時代はとっくに終わってるよ。いやメッセージ性を持つのは全然良いことだと思うけど、物語づくりの下手さが、そのメッセージ性を台無しにしてるよ」

「私も同感です。作者は20年か30年くらい前の社会派ミステリを何冊か読んでから自分の作品を読み直してみるといいかもしれない。きっとそれよりも古く感じる、と思うから」

「文章も悪い意味で古いです。色褪せている」

 ――3人ともこの作品は、なし、と……。

「まぁそうだね。これは誰も評価しないでしょ」

 ――うーん、その……。

「もしかして大久保さん、推してる、とか……?」

 ――あ、いえ、決してそういうわけではないのですが……。いえ、とりあえずいったん忘れてください。話は戻しますが、では話を総合すると、みなさんが受賞作でも良い、と評価しているのは、


 釘沼太郎さん→柿田信彦『殲滅』
 落選之巻さん→ハットリハンゾウ『戦のはじまり』
 赤山青さん→佐藤蓮『あこがれ』(or受賞作なし)


 ということで、よろしいでしょうか?

「ちょっと待ってください。ぼくは最初から、受賞作なし、の一択です」

「いいじゃんか、別に。とりあえず受賞作出しとけば」

「嫌です。ぼくがこんな低レベルな作品を褒めたってなれば、自分の人生の汚点になる」

「そんな大げさな」

「まぁじゃあこの時点で、保谷十四さんの『悪魔の正義』は落ちた、ってことでいいかな」

「そうだな」

「『あこがれ』もです」

「はいはい。分かった、分かった。じゃあ残った2作についてだけど……」

 ――いえ実はそういうわけにはいかないのです。

「んっ、ということは、もしや」

 ――えぇちょっとタイミングが遅れてしまいましたが、書面回答を確認したところ、那賀川先生の受賞作候補は、


 那賀川進歩先生→保谷十四『悪魔の正義』


 とのことです。

「いや、まさか……。正直、那賀川さんは『戦のはじまり』だと思ってた。だから受賞作はこれで決まりかな、って」

「ですが、本当に今の那賀川さんは当てになるのでしょうか? 理由を教えてください」

 ――それが大変言いづらくて……。というか、那賀川先生は無視していいと思うんですよ。もう作品を読めるような状態じゃないんですから。

「まぁ確かに。でも理由があるなら、それは教えてくれよ」

 ――これは私の言葉ではないので、私に怒らないでくださいね。理由なんですが、〈14日が決定の日らしいので、保谷十四は縁起が良さそうだ〉とのことです。

「なんだよ、それ。那賀川さん、もう自分が作家だってことも忘れてんじゃないのか?」

「なんか、馬鹿らしくなってきましたね。選考委員の代表が、こんな適当って……」

「結局、そんなもんなんですよ。コンテストなんて。受賞作なし、にして終わらせましょうよ」

「いや決める。もうこの際、那賀川さんの意志に沿って縁起を重要視しよう」

「何を言ってるんですか、急に……」

「じゃんけんしよう。釘沼くんが勝ったら『殲滅』、俺が勝ったら『戦のはじまり』、赤山くんが勝ったら受賞作なし」

「投げやりですね。でもまぁ那賀川さんの言葉聞いたら、私もどうでもよくなってきました」

「もうこの時点で多数決なら負けてるんで、いいですよ。別にそれでも」

「よし、行くぞ。最初はグー、じゃんけんぽん。……赤山くんの勝ち、か。最後に聞くけど、本当に『あこがれ』じゃなくて、いいんだな?」

「もちろん。ぼくの答えは最初から決まってます」

 ――では今回は、受賞作なし、で……。

「はぁ、終わった、終わった」

 ――あの釘沼さん、後、すこしだけいいですか? あぁ落選さんと赤山さんは部屋から出て頂いて大丈夫ですよ。

「どうしたんですか?」

 ――いえ。実は釘沼さんに、選評に載せる那賀川先生の文章のことで、お願いがありまして……。



〈『小説幻影』10月号 第7回那賀川進歩エンターテイメント大賞の選評を抜粋 那賀川進歩評〉


 今年で7年目になる那賀川進歩エンターテイメント大賞ですが、今年も有望な新人が揃っていて、小説の未来は非常に明るい。ただ文学賞の場では、作品の力以外の作用が働くこともしばしばあります。選考委員との兼ね合いや運不運……。今回悔しい、という想いを抱いた方も決して挫けずに、新たな傑作を創り上げてください。雑な選考を行うコンテストもあるとは聞きますが、すくなくとも今回の選考において誰一人として、適当に、作品と向き合おうとする者はいませんでした。

 各作品の美点、欠点はおそらく他の選考委員たちが詳細に語ってくれるはずなので、私は気になったふたつの作品について言及したいと思います。私が気になったのは、柿田信彦さんの『殲滅』と保谷十四さんの『悪魔の正義』です。前者はフィリピンに出張中の会社員が風俗に立ち寄った帰り、武装ゲリラに襲われ、そこから脱出したと思ったら、また別の集団に襲われ、と各国を転々とする話です。ガイドブックのような趣きもあってとても愉しいと思ったのですが、現地のにおいがしない、主人公が前半と後半でまるで別人という反対意見が出て、惜しくも受賞とはならず。後者は初めて清張さんの小説に出会った時の興奮がよみがえって来るような懐かしさがありました。とにかく志が高く、作家になりたいから小説を書いているのではなく、これを書かなければ死んでも死にきれないから、とりあえずその方法のひとつとして小説という形式を選んでいる。その姿勢が、すごく嬉しい。今回は、受賞作なし、という残念な結果に終わってしまいましたが、お二方の今後には、よりいっそう強い期待を抱いています。

 私が選考委員に名を連ねるのは今回で最後になります(次回からの選考委員長は釘沼くんです)。

 年齢も年齢なので(笑)

 ……とはいえ、私もまだまだ元気なので、新たなライバル、そして読者として、次なる受賞者を待ちたい、と思っています。


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