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西澤作品をできるだけ読んでみる⑦  『夢の迷い路』

 いつもお世話になっております。書店員のR.S.です。今回紹介するのは、前回紹介の『さよならは明日の約束』に続いて、〈エミール&ユッキー〉シリーズの第二作品集、

『夢の迷い路』(光文社 2019年)        ――景色の変わった記憶が物語に深みを与える

 前作の感想も貼り付けておきます。

 前作は一部に例外的なものは感じるものの、いわゆる〈日常の謎〉要素の強い作品集でしたが、本作はその前作よりも罪のにおいが濃い作品集になっています。

 ※ネタバレはしないつもりですが、内容の後半部分にまで触れる可能性がありますので、未読の方はご注意を。

 第一話「ライフ・コズメティック」

 ダイイングメッセージと四枚の新聞記事。ユッキーとエミールにヨーミンさんが提示したダイイングメッセージの謎の答えによって浮かび上がる哀しい過去。罪悪感に苦悩し続けたことが一度でもある人ならば、思わず共感してしまうのではないでしょうか。ユッキーの映画愛が炸裂しているのも、読んでいて微笑ましい。

 第二話「アリバイのワイン」

 夫、あるいは夫候補や交際相手を過去に何度も殺害されている仲田有江。その有江はその日、常に喫茶店〈ユモレスク〉いたとされている。そのアリバイをかつて証言したことのある梶本さんから、事件の話を聞かされたユッキーとエミールは……。

 本作でエミールが読んでいるミステリに倉知淳『ほうかご探偵隊』が出てきますが、これもすごい傑作なのでぜひとも読んで欲しい作品です。現在、創元推理文庫で購入可能です。もしも児童書作品と侮って(そんな人もすくないとは思いますが……)いる人がいたら、かなりもったいないことしてますよ。

 歪んだ体験から生まれた嫌な〈理由〉とすっきりとしない結末。特に最後のエミールの言葉は好き嫌いが分かれる、と思います。

 第三話「埋没のシナリオ」

 本作品中、一番印象に残ったのが、この「埋没のシナリオ」です。ユッキーの叔父である譲が大学生時代に体験した事件。譲の自宅で行われた男性五人での飲み会で突然死した一人の学生。その事件の思い出話が、やがて〈ある人物〉の意外な本性を浮き彫りにします。

 曖昧な記憶とともに苦悩する〈ある人物〉の姿が苦い余韻を残し、計画実行を前にして葛藤する〈ある人物〉の姿にかすかな共感を覚える。のほほんとした始まりからは想像できない結末が強く印象に残りました。

 第四話「夢の迷い路」

 あとがき(ふりをした謝辞その他)にも書かれていますが、前作と本作品集の二冊に収録されている作品の時系列がすこし変わっていて、前作を読んでおくとさらに楽しめる点が多く、特に本作はその要素が濃い。「夢の迷い路」から「さよならは明日の約束」へと続いていく流れは本当に素敵です。「さよならは明日の約束」の前日譚的な話としても素晴らしい内容になっていて、ミステリ色はかなり薄めですが、シリーズ読者には必読と言っても良いような作品になっています。

 想像や推測によって辿りつく答えは、真実とは限らない。だけど限りなく真実に近いだろう答えは、あの日の記憶の中の景色をすこしだけ変えるのです。時に苦く、時に甘い、そんな景色の変わった記憶が物語に深みを与えている。魅力的な記憶の物語です。

 すこし野暮に感じるかもしれませんが、最後にこのシリーズが続くことを願っている一読者としての気持ちを、作中の文章を引用して表したい。

《その不在に思いの外、寂寥感を覚えている自分が可笑しい。でも、柚木崎くん、会いたい。また遊びにきて。早く。柚木崎渓としてではなく、孫娘とコンビの、エミール&ユッキーとして。》