僕の反撃【掌編小説(約1100字)】
朝、目を覚ますと、僕は眠っていた。僕は、僕の身体を揺する。僕は横になったまま、僕の顔を殴る振りをした。
「ほら、さっさと仕事へ行けよ」
と僕は言った。僕は今日もずっと自宅に寝転がりながら、一日を過ごす。僕は僕を愛しているし、僕もまた僕を愛している。ただ、僕は愛情と同じくらい僕を憎悪しているのだが、僕は僕を憎んでなどいない。僕は僕がいなくても困らないが、僕は僕がいなくなると生活ができなくなるからだ。僕は僕が働いて稼いだお金で僕の暮らしを支えていて、僕は無職だから僕がいなくなると自宅に住み続けることもできなくなってしまう。
「お前もすこしは」
と僕が、僕に仕事や家事の手伝いを仄めかそうものなら、
僕は決まって、
「おい、いいのか。そんなこと言っていいのか」
なんて僕に、僕の死を仄めかす。刃物を持ってきて、僕の手首に刃を当てるのだ。僕の手首は、僕の手首だ。慌てて僕が僕を止めると僕はにやりと笑って、でも怒りに任せて僕が、好きにすれば、なんて言って、本当に僕が死んでしまったら困るから、僕は何も言えない。
僕と僕は、どこで差が付いたのだろうか。
僕が職場に行くと、上司が、遅い、と怒鳴った。今日も僕が死のうとしてしまって、と僕は本音を言いたい気持ちに駆られたが、ぐっとこらえる。上司は僕を知っているが、僕とは会ったことがない。会ったことがあるのは僕だけだ。そして都合が悪いと僕を知らない振りする。だから僕が僕を遅刻の理由にしても、寝惚けているのか、と一蹴する。僕の存在を利用するのは都合の良い時だけだ。
劣悪な僕の職場に、僕の休憩はない。
休みたい、と言うと、もう休んでいるじゃないか、なんて僕を遅刻の理由にしてくれることはない癖に、僕の存在を休憩無しでも構わない理由にはしてくる。タイムカードは勝手に上司が押している。
僕は、ずっと僕が欲しかった。
僕の代わりの、僕のために何でもしてくれる僕だ。僕は僕を手に入れたが、僕は奴隷ではない、と僕を嫌がり、僕は僕を代わりに使いはじめた。
「僕は、元々いない存在だから、死は怖くない」
と僕は、いつも僕にそう言った。僕は平気で死を仄めかして、僕は僕の死に怯えていた。
今日も自宅に帰る頃には、僕の身体は疲れ切っていた。横たわる僕の背中に痛みが走った。僕は、僕の背中を踏んだらしい。
痛みに呻き声をあげる僕を見ながら、僕は謝りもしなかった。
同じ心を共有する僕が、気付いていない、とでも思ったか。
僕が、怯えた表情を浮かべる。
いまの僕はもう、僕よりも死に怯えている。
僕は、覚悟した。
僕は、死んだ。
僕は、死ぬだろう。
(了)
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