遅刻する僕と人生のお話【掌編小説(約2000字)】
思えば僕の人生は、つねに遅刻の言い訳とともにあった。
幼稚園の時、遊ぶ約束に遅刻した僕は、「なんでちこくしてきたの」と幼馴染のカエデちゃんに言われて、「まいごのドラゴンさんがいたから、いっしょにおうちを探してた」と伝えた。信じてもらえなかった。
小学校の時、スピーチ大会の日に遅刻した僕は、「なんで遅刻してきたの」と先生に言われて、「妖精に会ってました。正直者だから、って、一時間だけ死期を伸ばしてくれる薬をくれたんです。たった一時間じゃ何もできないよ。先生、いりますか?」と伝えた。信じてもらえなかった。そして当然、いらない、とも言われた。
中学校の時、好きな子への告白の待ち合わせに遅刻した僕は、「なんで遅刻してきたの」と彼女に言われて、「偶然倒れてたひとを助けたら、命を狙われているスパイで、僕まで一緒に命を狙われかけた。生きてたのが奇跡だと思う。怖かった……」と伝えた。信じてもらえなかった。そして当然、振られた。
高校の時、受験の日に遅刻した僕は、「なんで遅刻したんだ」と父親に言われた。「宇宙へとテレポートする中継地点にたまたま足を踏み入れてしまって、ヒポポクラリネタ星人の住む惑星に着いてしまったんだよ。ヒポポクラリネタ星とポルパタニャンマ星は星間戦争間近の緊急事態にあって、僕が戦争を止めるための交渉役になったんだ。地球にとってはわずか数時間の話だけど、僕にとっては十年くらいの長さをそこで過ごしたような感覚があるよ」と伝えた。信じてもらえなかった。そして当然、怒られた。
大学の時、就職の最終面接に遅刻した僕は、「なんで遅刻したのですか」と面接官に言われた。「会社へ向かう途中、不思議な男がいたんです。死神を名乗っていました。いきなり私の死ぬ日を宣告してきました。死ぬ時間まで事細かく。私はあと二十年しか生きられないそうです。でも歩いているうちに考え直したんです。二十年も生きられる、って。だから残りの人生をより大切にしよう、と思いました」と伝えた。信じてもらえなかった。なのに、なぜか受かってしまった。
二十五の時、幼馴染の楓とのデートの日に遅刻した僕は、「なんで遅刻したの」と楓に言われた。「ヒポポクラリネタ星の王女様がお忍びで僕に会いに来たんだ。結婚してください、って言われてね。僕には彼女がいる、って何度言っても、聞いてくれなくて。説得してとりあえずは帰ってもらったんだけど、また来るかもしれない。でも信じて欲しい。彼女とは本当に何もないから」と伝えた。信じてもらえなかった。嘘で誤魔化さないで、と楓は泣いていた。僕は心からの言葉を楓に伝えた。
結婚式の時、主役のくせに遅刻した僕は、「なんで遅刻したの」と花嫁に言われた。「ごめん、楓。実はむかし助けたスパイと再会したら、また命を狙われてしまって。今度は家族の命が狙われるかもしれない、って言うから、そんなことがないように叩けるところは叩いてきたよ。大丈夫。これでも結構な修羅場はくぐってるんだ。そう簡単には死なないよ」と伝えた。信じてもらえなかった。あなたっぽいね、と呆れたように笑った。
娘が生まれた時、病院に着くのが遅くなった僕は、「遅い」とあとで妻に言われた。「ごめんごめん。仕事はすぐに抜けられたんだけど、幼稚園の頃に話したドラゴン覚えてる? 大きくなったあいつにまた会ったんだ。また道に迷っていて、とりあえず異世界まで一緒に付いていったらそいつ、すべてのドラゴンを統べるドラゴンの王だったらしくて、『我が王を助けてくれてありがとう』って宴会を開かれそうになっちゃって。なんとか逃げ出してきたんだ」と伝えた。信じてもらえなかった。でも確かにちょっと酒くさかったかもね、とすこし怒られた。
四十の時、娘の授業参観に遅刻した僕は、「パパ、遅刻なんてされたら恥ずかしい」と娘に言われた。「本当にごめんな。学校に行く途中、大人になったお前と会ったんだ。とても綺麗になってて。いやいまのお前もすごく綺麗で、魅力的だと思うんだけどな。もう二十歳を超えてるだろう大人になったきみが、僕に抱きついてきて泣き出したんだ。パパ、ずっと会いたかった、って。僕も思わず泣いてしまって、な。いや、ははは。恥ずかしいな。まぁそんなことがあったんだ」と伝えた。信じてもらえなかった。だけど、目赤いよ、と言われたから、それまで泣いていたのは信じたみたいだ。
人生が充実するうちに、どんどん薄れていったひとつの記憶がある。だけど頭の片隅にはずっと残っていて、折に触れて思い出すたびに、僕は怯えていた。
娘の卒業式、僕は遅刻することもできなかった。その日、僕は倒れたからだ。
お医者さんは明言こそしなかったが、その言葉から、もう残りの命がそれほど長くない、と察した。
そして僕のこの人生のうちで、最後の遅刻をした。「遅刻だな」と死神に言われた。「妖精の薬で一時間だけ、残りの命を延ばしてもらったんだ。妻と娘の顔をもうちょっと見ていたくて」と伝える。信じてくれた。